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スカラ座でジークフリート。
マクヴィカーの演出では、幕がラインの黄金では「手」、ワルキューレでは「目」、ジークフリートでは蛇のようなもの(ファフナーと考えるのが筋だと思う)と、最初の2夜と異なり人体の一部ではなくなった。
ということは、手はアルベリヒ(指輪をはめることになる)、目は片目のヴォータン(または蛇の目のウェルズング)、と来て巨人族ということで、争う各種族を示しているのかも知れない。すると神々の黄昏では口(ギビッヒが郎党を集めるハイホー)か、それらを燃やし尽くす炎となるのかなぁと想像してみる。
ジークフリートでもマクヴィカーの演出は(目立つ範囲では)独自の解釈のようなものはなく、登場人物の造形と舞台美術に完全に寄せたものとなっている。これって、もしかしてマクヴィカーにとっての本番はメトなのかな?
ただ、とにかく脇役にも徹底的に造形を施しているところが特徴だ。
ラインの黄金の黄金、ローゲの炎のゆらめき(千手観音手法)、ワルキューレのヴォータンの使い魔の鴉。というわけで、ジークフリートが連れてくる熊が外連味たっぷりに黒子が操作しながら暴れまくる(ミーメのアブリンガーースペラッケ(なんで読むのか見当もつかない)がヴォータンのウェルトンを圧倒するほどの巨漢なので熊と互角に渡り合っている)。
森の小鳥は予告映像にちらっと映ったので見ていたが、モヒカンのアスプロモンテと脇で操作される鳥。アスプロモンテはきれいだがドスが効いた声なので印象的。2幕のカーテンコールでスキップしながら列に加わるところが最後まで小鳥っぽくて好感を持った。小鳥が存分に魅せてくれることもあいまって森のささやきは全編実に良い。カーテンコールでホルン奏者が出てきたのはちょっとおもしろかった。なんか楽団員をとても大切にしている雰囲気がある(そういえば第1夜では幕間に引退するオーボエ奏者を称える催しもあった)。
ファフナーは幕の絵から大蛇として表現するのかと思ったら、巨大な骸骨で意表を突かれた。
若々しくてきれいな声の印象が強いフォークト(マイスタージンガーのワルターやローエングリンは良く聴く)だが、年を重ねたおかげか、ノートゥングを鍛えるところの朗々たるしかし全然絶叫的ではない歌声にはしびれまくる。すごいジークフリート登場だ。
ブリュンヒルデの岩山はワルキューレに引き続き上を向けた顔面の中の掌。
グラーネはブリュンヒルデと同時に目を覚まし後ろのほうで動いている。グラーネに人間をアサインして存在感を強調するのって、もしかして前回のバイロイトの演出(血祭にあげられる老人)の影響かも知れない(というわけで、神々の黄昏での扱いには興味津々)。
男じゃないぞで客席で笑い声が起きるのがおもしろい。予定調和っぽい。(そういえば、ラインの黄金のローゲの登場シーンの千手観音のちらちらでも笑いが起きていたがというかおれも笑ったが)読み直しが無いこともあってリラックスした演出とも言えそうだ。
目覚めのところの突き上げからハープがパラパラと落ちてくるところの迫力が凄くて、ますますヤングの指揮が好きになる。
ワンダラーは席からは良くみえなかったが少なくとも大げさな眼帯をしていないように見える(小さいのをしていた可能性はある)。僕はウェルトン好きだな。
2幕のカーテンコールに小鳥が出ていたってことは、ブリュンヒルデの岩山行で、鴉再登場、小鳥姿をくらますとかは無いなと思ったら、やっぱりなかった。まあ無用な処理ではあるが、なんとなく見たかったので残念。
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