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日々の破片

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著作一覧

2010-02-01

_ 丸善

丸善というのは、日本橋の高島屋の斜向かいにある、本屋なのか服屋なのか雑貨屋なのか文房具屋なのかよくわからないなぞの店である。

以前は屋上でハヤシライスまで食わせてくれたそうだ。

ムムリクさんのレモンのエントリーをRSSリーダで部分的に読んで、はて、聖橋とは、確かそういえば御茶ノ水の駅前にも丸善があったけれど、

赤や黄のオードコロンやオードキニン。洒落(しゃれ)た切子細工や典雅なロココ趣味の浮模様を持った琥珀色や翡翠色(ひすいいろ)の香水壜(こうすいびん)。煙管(きせる)、小刀、石鹸(せっけん)、煙草(たばこ)。私はそんなものを見るのに小一時間も費すことがあった

――檸檬

という店の光景は、おれには御茶ノ水よりは日本橋がふさわしく思うし、何かの間違いではないかと考えた(引用から先を読んでいなかったのだ)。しかし、梶井基次郎がうろついていたのは御茶ノ水であってもおかしくはない。

ところが、そうではなく、よく読み返してみれば京極という言葉が出てくる。京都の丸善(今は無いらしい)だったのか。

で、丸善といえば手元に赤い悪魔(daemonのa論議には興味ない)の本があるのだが

UNIX 4.3BSDの設計と実装(Samuel J. Leffler/Michael J. Karels/Marshall Kirk McKusick/John S. Quarterman/中村 明/計 宇生/相田 仁/小池 汎平)

4.4では、アスキーになってえらくせわしないなぁと

4.4BSDの設計と実装(マーシャル・カーク マキュージック/マイケル カレルズ/キース ボスティック/ジョン クォーターマン/Marshall Kirk McKusick/Michael J. Karels/Keith Bostic/John S. Quarterman/砂原 秀樹/七丈 直弘)

思っていたら、自由になって元の姿に戻っていた。

BSDカーネルの設計と実装―FreeBSD詳解(マーシャル・カーク マキュージック/ジョージ・V. ネヴィル‐ニール/砂原 秀樹/Marshall Kirk McKusick/George V. Neville‐Neil/歌代 和正)


2010-02-02

_ 明るい選挙

子供が、明るい選挙、明るい選挙とか連呼しているので、なんのことか訊いたら、学校の一部の友達の間で流行っている歌だ、とか言い出した。

どうも、成人式で選管が新成人に配ったビデオだかCDだからしい。それをニコ動とかyoutubeとかに上げたやつがいて、子供たちのところにも伝わったらしい。

で、見ろというので見たら、うるまでるびだった。妙なうさぎとすかしたらくだとマスクで鼻を隠した豚が新成人らしくサーカスで働いていて象の団長から給料をもらう。と、これはしたり、約束の金より少ない。所得税だぶー。これが政治なのさ。政治ってなーにー? 明るい選挙、明るい選挙、と、話が進む。

さらに、腹に一物ありそうなアシカと何も考えていなさそうな鶏が被選挙人、しめじ、たこ、鹿とかが投票したり、なかなか楽しい。多数決とは何かとか、いろいろ教えてくれるし。

「でも、これ小学生用じゃなくて大人用なんだよね、がはは」

と、子供は冷めているわけだが。

まあ、一票を投じるのも命がけのような暗い選挙よりは良いことではないかと思うよ多数決。


2010-02-03

_ 老い

無知は力だ。

イノベーションがジレンマを生むのは、それが貧乏くさい紛い物だと知っているからだ。

だが、その一方で知識と経験は武器でもある。

何が違いか?


2010-02-04

_ 気付くと未来

ある日気付くとチリ紙が世の中から消えていて、どれだけ激しくはなをかんでも手に紙がつくことがなくなっている。

また、ふと気付くとトイレットペーパーっていうものは、尻を洗った後についたぬるま湯を拭くためのものに変わっている。

が、最初からクリネックスではなをかんでいれば手に紙がつくという現象を知るこたないし、最初から柔らかティッシュしか知らなければ、はなをかみすぎて赤くなるとか理解も出来ないだろう。

こういう再発見する必要もないことはいくらでもある。

その線引きは簡単ではない。

子供にセンカシ(本当のチリ紙だが携帯の辞書にない)ではなをかませる訓練が不要なのは、必要ないからだし、仮に必要になったとしてもその時点で覚えれば良い。

学問の線引きは難しい。学問の最初は寺子屋時代の読み書きそろばんと同じでも、今も論語を読ませているわけではない。

中間世代が重要となる。

論語なにそれ世代がやって来られるように、捨てちゃおうぜと決断する世代だ。もちろん論語を学ばされた世代の仕事だ。

_ 全角文字クラス

\D(\Dの全角版)は[^\0-\01770-9]で、\d(\dの全角版)は([0-9]|[^\0-\0177])とかあると、少なくとも今は、ありがたいのだが。(追記:いろいろ間違えていたので直した。)

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ naruse [ニーズは分からないでもないんですが、 * なぜ\d/\D * \0777ではなく\3777 * カッコの対応が取れて..]

_ arton [ツッコミありがとう。今、手が離せないので後で読む/考えるけど、とりあえず、0777は書き間違え(覚え違いだな)です。..]

_ arton [177だよ>おれ]


2010-02-05

_ ルグリとバナ

印象だけ、とりあえず。

胎児が眠る世界。ということは、「私」が目覚める。

黒い集団が夜、白い集団が昼。交互に登場する。

2組。愛(希望+情熱)− 死(絶望+冷静)

とかかな。

オルレリ・デュポンがすごく女性的な丸みを感じさせる肢体でちょっと驚いた。あまりそういう印象はなかったからだ。それにしてもクレアシオンってそういう意味なんだろうな。

バナと組んでいた女性がやたらとうまいな(ぐるぐる回るところとか)と思ったら上野水香でそりゃうまいはずだ。一方、ルグリと組んでいる人はデュポンではないけれど小柄で女性的なやわらかさを感じさせて、はて誰だろうと思ったら西村という人だった。


2010-02-06

_ リング

子供が突如、指輪物語にはまってしまう。

図書館から次々のトールキンの分厚い本を借りてきてあっという間に読み終わって、お前も読めとか言う。いや、でも、最初のホビットのやつとかつまらないじゃん、と答えると、チッチッ、そりゃ間違いだ。だいたいお前さんはウィザードリーとかしているから普通に読めるぜとか生意気を言う。でも今は勘弁な、とか答えたらツタヤから旅の仲間を借りてきて2回観てから、今度は一緒に観ようとか言う。

まあ、ピータージャクソンは映画を撮る作家だからいいかなぁとか一緒に観た。

もちろん映画だ。映画ってのは学校があるくらいの学問的なもの(歴史から導かれたパターンや語法や技術とかだ)であるわけだが、なぜか素人でも観たりできる仕組みになっているが、だめな作家の映画が映画じゃないのはそのためだ。ところがピータージャクソンはそのあたりが実にしっかりしていて、といっても観たのはキングコングだけなのだが、映画をきちんと娯楽作品として成立させる手腕がある。

旅の仲間であれば、たとえば特殊なよろいを渡すシーンでは着せるところまでは撮らないし、先祖の剣を鍛えなおすことは会話だけで終わらせているし、一人で旅立つ決断は単に目線だけだし、ドワーフが王妃の贈り物について語ると一瞬エルフがにこっとするところを映す。雪山を上る一瞬のシーンでエルフの身軽さを表現する。つまるところ映画として構築されているところだ。映画は人生だという言葉があるが、良い映画は現実と同じく言葉で語られないことのほうが多く、人はそこに居合わせることですべてを了解しなければならない。それが可能なのは優れた映画作家が映画を人生として作れるからだ。だめな映画作家はそれができない。そのためどんなにすごい映像を見せられても退屈で死ぬし(ブラジルとか)、どんなにしょぼくても至福の時を得られる(今宵限りはとか)。

したがって、まったくだれることなく時間は長いが観ている間はすべてが経験として消費されるため短い。見事なものだ。

(こないだ夜、エルドンみたいな名前の竜使いの映画をやっていたが、これが見事なまでにだめ映画で、陽気なあんちゃんが使命を背負い、怪しげなひげの30男に旅を導かれて……と途中まで似たような物語なのだが、旅のシーンといいだめさ爆発だった。旅の仲間だと旅の途中の数カットの風景のバリエーションでその旅の長さや大変さを数10秒で了解させるわけだが、せっかく空を飛べるのにどうすればああまでつまらなくできるのかと驚くほどだ)

で、気づくとやたらと高価なエクステンデッドエディションを買ってやることになっていた。

ロード・オブ・ザ・リング ― スペシャル・エクステンデッド・エディション [DVD](J.R.Rトールキン)

しかも3本もあるし。

ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔 スペシャル・エクステンデッド・エディション [DVD](ピーター・ジャクソン/J.R.Rトールキン/フラン・ウォルシュ/フィリッパ・ボウエン)

ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還 スペシャル・エクステンデッド・エディション [DVD](ピーター・ジャクソン/J.R.Rトールキン/フラン・ウォルシュ/フィリッパ・ボウエン)

_ トリロジー

最初HMVへ行ったらスペシャルエディションしかなくて、Towerへ行ったらトリロジーがあったので、それを買った。

ロード・オブ・ザ・リング スペシャル・エクステンデッド・エディション トリロジーBOX セット [DVD](ピーター・ジャクソン/J.R.Rトールキン/フラン・ウォルシュ/フィリッパ・ボウエン)


2010-02-07

_ 54%

2TBのハードディスクってものを買ってみたくてしょうがなくなって、ついに買った。何十年ぶりか(掛詞なので事実ではないと思う)で秋葉原に行ったら駅前にきれいなビルがにょきにょき生えてておったまげた。

で、BLESSもなければUsers' sideも見つからないし、途方に暮れたらTwo Topを見つけたので入った。以前、NeptuneのショップPCを買ったときと場所が違うような気がするが気にしてもしょうがない。

で、HDDを見るとクァンタムとかコナーとかマクストアとかIBMとか見つからなくて、遅い印象があるWDと聞いたこともない日立(白熊くんは知っているけど)とかサムスングしかなくて驚く(知っていたけど実際をこの目で見るとやはりそう思うのだった)。

で、日立のやつを買って帰った。DeskstarってIBMが日立になったってことか?

ところが、こいつがおかしい。DELLのInspiron 531というAMDマシンなのだが、ディスク管理ツールを使ったパーティション切りの時点でエラーとなる(Windows Vista SP2 32bit)。エラーとなるが、情報再表示で正しく切れているようなので、180000000000というようなでっかな数字におののきながらフォーマットをすると1%が2%になるまでにえらく待たされる。しょうがないので放ったらかしにして数時間後に見たら54%。それから数時間後に見ても54%。はて。1TBの壁で画面表示がおかしくなるのか? と思いながらついキャンセルしたらキャンセルに失敗する。いかんとも。

再起動して、やりなおし。今度はエクスプローラのプロパティから。

数時間後にやはり54%。

DELLから最新の……AMDのチップセットの最新ってのはないな。BIOSが影響するとは思えないし。で、いかんとも。

結局、10進1Tと10進0.8Tにパーティションを切り直したら無事フォーマットできて、たぶん、使えている。

あー、めんどうだった。

追記:結局、1Tと0.8Tにパーティションをきった場合、後半0.8Tのフォーマットに失敗した。

この問題は、nForce 450のドライバにあり、少なくともDELLはInspiron 531用としては提供していない。nVidiaのドライバーダウンロードページから、製品のタイプ=nForce、製品のシリーズ=ンForce 6シリーズ、製品のファミリ=nForce 630a/GeForce 7050を選択してバージョン15.49 のドライバをダウンロードしてインストールすることで解消しそうである(まだ全部のフォーマットは終わっていないが量的には1TBの壁は突破している)。

たぶん、最初から上記のドライバーをインストールしておけば2TBまるまるパーティションを使えたと思うのだが、今更やりなおすのは面倒なので1TB+0.8TBで使うことにする。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ RyuK [僕もそれ買いました。クイックフォーマットではなく普通のフォーマットをされたのでしょうか?]

_ arton [通常のフォーマットです。外付けでフォーマットした場合って、内蔵させた後の1TB目以降の書き込みが怖くないですか? と..]

_ arton [むむ、後半800G分はフォーマットできないや。別マシンに入れるしかないかなぁ。]


2010-02-08

_ ルグリの続き

Bプロ。

シルヴィ?ギエムってすごいな。去年NHKで観たボレロもすごかったが。

フォーゲルのソロのおもしろさ。

プルーストのは、始めのソロが緊張感に満ちていて息を殺して観ているのだが、ちょっと長過ぎる。途中でこちらの集中が途切れた。音楽にすごく聞き覚えがあるのだが未だに思い出せない。チェロとピアノ。スクリアビンの嬰ハ短調の練習曲にちょっと似ている。

バナとルテステュのは題を知らずに観ていたのでピアノチューナーのように魂を操り奪う物語かと思った。

モダンバレエは(というかオリンピックのフィギュアや床体操の類も)肉体を利用したインスタレーションと考えると実にしっくりと来る。

それで突然おもいだしたが、暗黒舞踏が与えた影響というのもあるのかも知れないとか、山海塾の事故とか、いろいろ。

子供と、日本のホテルでバナはプールに入れるかな、とか話し合う。お客樣、刺青の方のご入場はお断り……とか言われるのだろうか。それは文化の違いに基づく無用な差別か、それとも日本のある種の職業の人から市民を守ろうという考えなのか、それらは両立するものなのか。


2010-02-09

_ PC

パソコンメーカーが年2回モデルチェンジをする前提ならば、3世代前のドライバーの提供は、より変化のスパンが長い部品メーカーに任せるのは合理的だ。

だが、連携がうまく取れていないのが現状だと思える。


2010-02-10

_ 人間とエルフとドワーフ

指輪物語の旅風景にどうにも既視感があるので考える。

どうやらガッツと狐目と老人大将(まったく名前を覚えてない)の組み合わせだなぁと感じているようだ。もちろんそれは倒錯というものだろう。

だが、この感覚は面白い。外界の時間の流れと、個人の経験の順序の不一致は、経験やおそらくそれに基づくであろう直感に影響する。

とすれば、世代間の断絶は文化によって成長する人間の宿痾に相違ない。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ shinh [クラシック聞いててドラクエのパクリだと思うような感じですね…]

_ arton [確かにそんな感じですね。]


2010-02-11

_ 現実的なAjax

マシンはそこそこの性能で、IEは腐っていても6SP1以降、しかしネットワークは56Kのモデム接続という環境だと、ボトルネックは回線の帯域幅が全てだから、ページという考え方でWebアプリケーションを作ると簡単に地獄的なUIになる。

ポストして、40Kのページが返るのに10秒待って2秒でドロップダウンリストから選択してサブミットして80Kのページを20秒待って……

Ajax化で効果が得られるのは最初の状態ではページ上に表示されていないものだから、それはオプションとかロード時には呼ばれないスクリプトとかだ。

で、Ajaxを使うように変えるのだが、つくづくprototypeって楽だな。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ naruse [今だと地デジ方面がそんな世界らしいですね。 ところで、ActiveScriptRubyのサイトがShift_JIS..]

_ arton [うがぁ、euc-jpが正しい(いつもLinuxで編集している)のが、今回Windowsマシンで編集したからShift..]

_ arton [今回じゃなくてずいぶん前からなのか。すみませんでした>2chに書き込んでくれた人]


2010-02-12

_ トーキョーリング(ジークフリート)

3階B席だが十分に楽しめるのはオペラハウスの小ささのせいだ。深さがあるからオーケストラがAを合わせた後のしばらくは地の底から混沌の音が湧き上がってくるのを楽しめる。上野ではこうはいかない。それを考えるとNBSの人は確かに良い呼び屋だとは思うけど、彼の主張が通らなかったのは結構なことだ。

で、今回もつくづくトーキョーリングの演出のうまさに舌を巻く。

ほとんどワーグナーのオリジナルの設定に返れ運動のような演出で、台詞の丹念な拾いこみによって、リングをヴォータンの新世代への権力移譲プロジェクトとして再構築している。ヴィンラント風などうにでも解釈可能な抽象劇でもなければ、シェロー風な新解釈でもなく、すべてはアルベリヒの呪いを受け入れてヴェルズングへの愛を断念し、ジークフリートとブリュンヒルデへ未来を託すヴォータンの視点で描く。

それを単純にワーグナーへ帰れ! 的にやってしまうとあまりに古色蒼然たる原始人の物語(毛皮と棍棒の世界)になってしまうため、舞台を徹底的にポップにチープに仕上げることで、逆に構造の固さを際立たせることに成功していると思う。見てくれはチープでポップしかし中身はえらく保守的というのがトーキョーだということなのかな? それはわからんけど。

この演出だと、なぜヴォータンがエルダに対して最初は教えを請うと言いながら結局はお前は何も知ることができなくなったからさっさと寝ろと言い捨てて帰るのか理解できる。最初からヴォータンはエルダには視えていないことを信じている。なぜならば彼の計画は彼の意思でありながら、彼の意思を知らないジークフリートによって実践されているからだ。彼はもしエルダが意図を言い当てればプロジェクトは失敗であるということを確信している。したがって、エルダに対して自分の打つ手を読めるかどうかを問うのだ。しかしヴォータンは自分がすべきこと、つまり何もせずに次世代に任せること、を決定している。したがって、自分の意図をエルダが読めないことを確認し、それゆえ、自分の意図通りに世界が回っていることを確認し、かくしてエルダはもう必要ないと判断する。

エルダの歌手はラインゴルトの時と同じくすばらしい。もっとも寝たまま歌うからかちょっと弱い感じ。アルベリヒは凄みがありそれは素晴らしい。ジークフリートは実に良い感じ。元気で明るく馬鹿。それにしても、この男ほどDQNという3文字にふさわしい男はいない。可愛い孫においらがじいさんだと名乗れないもどかしさにいらいらしているヴォータンに対して、うるせえじじいだ、どかなきゃどてっぱらに穴を開けるぞとか、不快極まりない。でも、そこが可愛い孫ということだ。

で、舞台のヴォータンはつい槍を折れ目から折ってしまって、ちょっと困っていた(最初、なんの演出だ? と思ったが、事故なんだろうな。やはりジークフリートがノートゥングを振り下ろしたところで切り離すべきだったのだろう)。

小鳥はちょっと仰天。写真ででっかな着ぐるみが出てくることは知っていたが、まさか、着ぐるみのまま身振り手振りでジークフリートとコミュニケーションを取るとは。2幕の最後で燃えやすそうなモサモサから、たぶんローゲ対策なのだろうが耐火服に着替えるシーンはおもしろい。

同じく森の情景で狼(ジークムント)や鹿(ジークリンデ)を出すのは寂寞感とコミカルさとが合わさった良い演出。

ブリュンヒルデは前回の人のほうが好きだな。ちょっと声が震え気味で、そういう持ち味なのだろうが僕はもっとストレートな声の出し方の歌手が好きだ(トゥランドットのときは気にならなかったが)。それでも目覚めて世界に挨拶し、自分を起こした男がジークフリートだと知りヴォータンに感謝するところまでの音楽の美しさは実に素晴らしい。ジークフリートを一気に作らずに、トリスタンとマイスタージンガーで練習した後に3幕目を作ったという(意図的かどうかはともかく)ことはある。

オーケストラはずいぶんと良い音を出していたと思う。長丁場なのに3幕目も美しい。

とても満足した。


2010-02-13

_ ロッキング

アンケート処理のバッチ集計を考えてみる。

1アンケートずつファイルに収まっているものを読んでは、項目別の複数のテーブルに集計していく(sumできないビジネスルールがあることにしておく)。

すると、1レコード処理するのに0,2秒かかることがわかった。秒あたり5レコードだが、これを秒あたり50にするには、10レコード同時に処理すれば良いから読み取り専用のスレッドと10個の書き込み用スレッドをキューで繋げてやる。

ところが最初の方法と処理時間が変わらない。

処理順がアンケートの項目順なため、先頭の項目に対応した性別集計テーブル(3レコード)のロック待ちとなるからだ(ほぼ全てが女性ロウの更新)。

トランザクションを維持し、かつデータベースも変えず処理性能を向上させる方法を考えてみよう。

なお、アンケートには「ご意見」欄があり、ご意見テーブルにインサートする必要があるものとする。

シンプルに考えれば、結果がばらつく項目順に処理を入れ替えるのがコストパフォーマンスの面から良いと思うのだが(トランザクションというのはそういうことだ)。


2010-02-14

_ 熊川2題

ロミオとジュリエットが、こないだえらく良かったロベルタマルケスとのコンビでDVD化されたのでアマゾンで予約した。

熊川哲也 ロミオとジュリエット [DVD]

というのとは別に、先日買ったプッチーニ三部作のジャンニ・スキッキで、どうにもフィレンツェは田舎者の都を歌う歌手(ヴィットーリオ・グリゴーロ)の顔が熊川哲也にだぶって見える(別にだからイヤということはない)。

プッチーニ 三部作 [DVD] [Import](フアン・ポンス/バルバラ・フリットリ/レオ・ヌッチ/リッカルド・シャイー(指揮)/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/ルカ・ロンコーニ(演出))

このDVD、タワーレコードで投売りしていたので買って、子供と取り合えずジャンニスキッキだけ観た。これが素晴らしい舞台で、シャイーの指揮は軽妙、出演者は全員芸達者で遺言書を読んでエーッ!というところとか、特にジャンニ・スキッキ役のレオ・ヌッチが無茶苦茶うまくて(私の大好きなおとっつぁんの部分でニコニコ笑ってみていると、彼氏はとってもハンサムなの、で顔をしかめて、赤門で指輪を買ってで、手を横に振って、ポンテベッキオから身を投げるで口をあんぐりとか。というか、オペラで表情の演技がこれだけあるというのを知らなかったよ。今度からオペラグラスを使おうかなぁ)、で遺言書を一目見て、打つ手無し! と叫ぶとラウレッタがすかさず大好きなおっとうの唄を歌い……で、笑い転げながら観ることとなった。

やっぱり、オペラは舞台付きで観るに限るなぁ。


2010-02-15

_ 還元主義

寺田の倉庫から引き取ってきた本の山からボームの内蔵秩序と全体性のやつが出てきて、結局難しくてろくに読まなかったなぁ、今後も読まないだろうから捨てちゃおうとパラパラ眺めていると、あら不思議、するする理解出来るじゃないか、なんてことはまったくないが、ハイゼルベルクを論難している箇所のように数式出まくりじゃない、哲学的考察については普通に読めるのであった。

訳者がimplicitの訳に苦労して、長い注を入れているのが、ちょっと面白い。

で、アインシュタインは正しいけれど、それはニュートンが正しいのと同様に、あるサブシステム(という言い回しではない)の中で云々とか書いているところを読んだりすると、どうしてこの人がヒッピーの教祖のようなポジションにおかれたのか不思議になる。だから還元主義では全体を掴めないという主張だけが取り出されたのだろう。

でもまあ読まないだろうから捨てちゃおう。


2010-02-16

_ 空白は重要

何気なく、2つの引数を取るコマンドabcdeを実行するのに

$ abcde 1 2>/var/tmp/abcde.out

とか書いたら、すぐ実行が終わる。

そんなはずないのだが、と/var/tmp/abcde.outの中を見たら、usageが出力されていた。

もっとも

$ abcde 1 a>/var/tmp/abcde.out

なら問題ない。

ということは、1と2だけが特別扱いなのかなと

$ abcde 1 3>/var/tmp/abcde.out

とやってもやはり3はシェルに食われてしまう。こういう場合、3ってどうやれば使えるんだろう?

$ ruby -e '$stderr.puts("arg error")' 3>out

arg error

そりゃ、3はstderrじゃないし。

追記:File.new(3, 'w').puts 'hello!'

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ maqmakmac [3とかの使い方は以下あたりを参照されると良いかも知れません。 http://x68000.q-e-d.net/~68..]

_ arton [なるほど。% command 3>&1 1>&2 2>&3 とか、出力先の一時保持用に利用したりするわけですね。勉強..]


2010-02-17

_ またじゅげむ

じゅげむは嫌いだから、別のイヤミを思いついた。
int x = foo().getJugemuJugemuGokouNoSurikirezu();
bar().setJugemuJugemuGokouNoSurikirezu(x * x + x);
「ちょーっと、待った。一文字変数はだめでしょう。ちゃんと
bar().setJugemuJugemuGokouNoSurikirezu(
    foo().getJugemuJugemuGokouNoSurikirezu()
  * foo().getJugemuJugemuGokouNoSurikirezu()
  + foo().getJugemuJugemuGokouNoSurikirezu());
と、書いてください」
「いや、それ時間の無駄だから」
「なぜ? Eclipseがfoo().と打った時点で補完してくれ……」
「ちょーっと待った。コードで重要なのは保守性ではないか?」
「もちろん。だから一文字変数は……」
「ちょーっと待った。何をしているか上のコードのほうが読むのも理解するのも早いと思うが、違うのか?」
「いや、Eclipseが……」
「書くのは一瞬、メンテは一生。Eclipseが読むのを手伝ってくれるとでも?」
「ダブルクリックで定義箇所を示してくれるから……」
「それが、上のコードとどう関係する?」
本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ Kazz [Eclipse原理主義者はどこにでもいますね。 考えるのを助けてくれるはずが、考えないための道具に成り下がっている..]


2010-02-19

_ grepで---

テキストファイルの区切りに----とか入れていて、それがえらく大きなサイズになったとする。というか、なった。

で、どれだけのフラグメントがあるのか、----の数を調べようと、

grep ---- foobar.txt

とやると「そんなオプションは知らん」とgrepが文句を垂れる。

ああ、そうか、と納得して、

grep '----' foobar.txt

とやっても「そんなオプションは知らん」とgrepが文句を垂れる。

むむと、

grep "----" foobar.txt

とやっても「そんなオプションは知らん」とgrepが文句を垂れる。

まあ、""はだめだろうとは思ったが、それではと

grep \-\-\-\- foobar.txt

とやっても「そんなオプションは知らん」とgrepが文句を垂れる。

途方に暮れた。

で、なんとなく

grep '\-\-\-\-' foobar.txt

とやったら、処理してくれた。

さて、どこからどこまでがbashの仕業でどこからどこまでがgrepの考慮なんだろうか。

たぶん、''の中身をそのまま送るのはbash。したがって、\-\-\-\-はbashがエスケープを処理するので、grepには----が与えられて、そんなオプションは……となる。しかし'\-\-\-\-'ではbashはそのままgrepに送り、grepは-で始まっていないので検索文字列としてエスケープ処理して、無事動いた、のだと思う。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ knu [grep -e ---- foo.txt または grep -- ---- foo.txt が正解。 -e は次に来..]

_ arton [なるほど。どうもありがとうございます。]


2010-02-20

_ 重い物と川

以前、トッパンは神田川、DNPは目黒川にあることから、なるほどある時点まで東京は水運の都だったのだな、と納得したのだった。

鍛冶橋通りをとある事情で車を走らせていたら、川のほとりにキリンビールがあると、カーナビに出て、それは目では確認出来なかったが、アサヒは隅田川にあるし、白鹿とミツカンは日本橋川にあるから、まあ、お江戸の頃からかどうかはともかく、墫に液体を詰めたものを扱う商売も、紙と同じく水運の記憶なのか川のほとりにあるものかもなぁと考える。

キリンビールと言えば、以前は原宿に本社があって、あれは暗渠になってはいるが渋谷川のほとりであった。駅から表参道をくだると、今はなきギャップの前のセントラルアパートの角にサントリーがバドワイザーのバカデカイ看板を出していて、酒屋ってのは下品な商売だな、と思っていたら、用賀の駅にIBMのバカデカイ看板が出ていて、IT業界も下品だなぁとうんざりしたものだ。

サントリーと言えば、もっとも水は水でもお堀だけどな(いかにもにせものらしいエピソードだ)。

で、ヱビスはといえば、川ではなく鉄路だというところがモダンだ。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ 今更ヶ山ながらの介 [日本通運の旧本社が秋葉原(鉄路と水運)にあったのもそんな理由だった気がします。]

_ arton [なるへそ。]


2010-02-21

_ 和風履き物言語

木村さんのとこ見てたらJavaのような言語を履き物の実装が習慣みたく訳してて、裸足蛮人のおれとしては悪切磋琢磨がいいなと感じた。


2010-02-22

_ ケーブルと音

大学生の頃、当時使っていたビクターのSX-3IIに付属していたケーブルがついに断線して、しょうがないからDACで適当なやつを買ってきたら、どえらく音が悪くなって仰天したことがある。

多分、元のはストレートだったのに対して、より線に変わったため抵抗が大きくなり(音が痩せた!)、元の音量を得ようとヴォリュームを上げるとノイズが混じり(音が悪くなった!)というようなことが原因だろう。いずれにしても、えらく音が貧弱になったのであった。

というわけで、ケーブル変える話をカーゴカルト扱いしているのを見掛けると、実証精神に欠けた愚か者というバイアスがかかるのだった。

本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ arton [お久しぶりです。 実は人間の耳たぶの形ごとに聴こえるものが違うとか、その時の気分で感覚が変わるということや、満足感に..]

_ 今更ヶ山ながらの介 [たびたびすみません。 >カーゴカルトの例として どちらかというとカーゴカルトという単語自体に含意があって一般の錯誤に..]

_ arton [正論でも社会正義でもないと思うわけですよ。だって、(ペリーのプレゼンじゃないけど)間違いなくWin-Winの関係を築..]


2010-02-23

_ RESTafarian

ジャー レスタファーライ

レスタマン コミュニケーション イヤーア

シンプル ザッツ ア シンプル ウェイ トゥ ライヴ

オールモスト シンプル

コミュニケーション ウェイ ジャー ラヴ

レスタマン コミュニケイツ レスタマン サッチ ア シンプル ウェイ

アイ アンド アイ コミュニケーション イズ アドレッサブル コズ アイ アー レスタマン アンド アイ アー レスタファーライ

ジャー ラヴ

ホエン ゼイ セイ ウイ マスト テイク ア コンプレックス ウェイ ウーアー

レスタマン ノウズ ステートレス イズ ザ ベスト フォー デカップリング

ソウ

ヒット ミー ヒット ミー ヒット ヒット ヒット

ヒット ヒット

バット レスタマン フィールズ ノー ペイン

コズ

キャッシュ ミー キャッシュ ミー キャッシュ キャッシュ キャッシュ

ジャー ジャー

イヤーア ジャーレスタファーライ

ラスタマン・ヴァイブレーション+1(ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ)

とのことです(RESTafarianとは何者か(実は奴らは細かかった))。


2010-02-24

_ 情熱と熱情

ちょっとだけレビューに参加したので、チャドファウラーの情熱プログラマーの見本刷りをもらいました。

情熱プログラマー ソフトウェア開発者の幸せな生き方(Chad Fowler/でびあんぐる)

ものとしては前作のインド本の第2版だけど、よりプラクティカルなものに変わっていて(題も変わったし)、買いなおしても後悔することはないとおれは思う。特にどちらかというと成功者仲間(GitHubのファウンダーとか)のアドバイスというか自慢話というか苦労話というかのコラムがいくつか入っていて、複眼的な点もある。

というわけで、ちょっと最初に書いた文のことでも考えてみようか。

おれがちょっとだけレビューに参加できたり、その結果として見本刷りをもらえるのは、やはりそれなりの理由があるわけだ。誰かが名指しでおれをレビューに参加させようぜ、と言ってくれたということだ。

でも、おれは、それほど大したやつではない。普通のやつらの上は行けないように思える。まあ、自分のことは自分が一番知っているし。でも、普通のやつの中では多少は(レビューに参加させてもらえて、しかも見本紙もらえるくらいには)浮かんでいるらしい。

この本は、普通のやつらの上をいけない人が、でも普通のやつの中ではそれなりに浮かぶにはどうしたらよいかのいろいろを、同じく普通のやつだとしか思えないが、でもやっぱり浮かんでいるチャドファウラーが自分やその仲間がどうして浮かんでいるのかを分析し、まとめた本だ。

しかもストレートだよ。情熱ってのは、シニカルでいてはなかなか発揮できないから、それはそうかも。たとえば、4章39節の題なんて「業界で名前を売ろう」だ。

読んでいると、ああ、結果的にそうかもなぁとか思い当たる節が確かにある。たとえば35節「オレ、作文的なのは得意っすよ」とか。ここは日記だからほとんど自動筆記なわけだが(たまに文体研究とか文体模写とかしたりもするし、内容によっては部分的にプロクォリティで書くけど)、でも自動筆記だってブルトン以来の歴史がある技術なんだぜ。つまり、おれはそれなりには作文的なことができる。そいつには助けられた。

まあ、おれはどちらかというと、世の中はどうでもよいからおれが楽しく楽に暮らせりゃそれで良いということなかれな人間だから、名もなく、でも貧しいのはあまり嬉しくはなく、でも美しくはありたい程度で良いよなぁとか思っているけど、それでも、結局のところ今の立ち位置は悪くないように感じる(ああ、つまりおれはそれなりにシニカルであり、情熱の持ち合わせはそれほどは無いようだ。でも、それは嘘かも。自分が楽にあるために燃やす燃料程度は持ち合わせているから)。

つまり、浮かんでいるのは、それなりに気持ち良い点があるのは事実だ。

というわけで、この本を読んで、実行して、浮かぼうぜ。書いてあることには嘘がない。

というわけで、44節「既に時代遅れである」を読んで

今何を勉強すべきかを先取りして考えてくれ。今できないことのうち、2年後には何ができるようになっているだろう?

といった問題意識を共有し、そして勉強するのであった。

ところで、チャドファウラーはなぜ、そういったことを本に書くのだろうか? せっかく自分が浮かんでいるのに、他にもたくさん浮かんできたら、逆に沈むとか考えないのだろうか?

シニカリストであれば、こういう疑問は当然、持つ。おい商売人、金持ちになる薬をおれになぜ売る? そんなに効くなら自分で飲めよ、の原理だ。

でも、そこがソフトウェア開発者の良い点ということだ。というのは、ソフトウェア開発者は世界を変えられるからだ。

つまり

この本は退屈しない人生を送りたいという思いを育むものである

ということだ。いろんな人間が浮かび上がってくればGitHubとかRailsとかみたいに、自分にとってとてもありがたく人生を退屈しないですませられるようにするためのものが得られる可能性がある。まだ存在しなかったりろくなものしかなかったり、あるいはろくなものだと考えていることが思い違いだったり(10年前にはcvsが素晴らしい存在だったわけだよ?)、そういったものはまだまだたくさんあるはずだ。

であれば、チャドファウラーの情熱プログラマーを読んで、それを実践し、そして浮かび上がってくる人がたくさんいれば、それこそが世界を変えることそのものだ。

ところで、3000人の聖徳太子から説教を食らわせられる夢を見てみたい気がするというような言葉の意味を理解できるってのはすげぇなぁと思った。さて、なんのことでしょう?

_ 聖徳太子

子供の頃の刷り込むっておっかないなぁ。

最近会ってないから誰だかわからなくなっちゃった、

福沢愉吉かな?


2010-02-25

_ nohupとシグナル

しょっちゅうぶちぶち切れる回線経由でSolarisをいじくっているわけだが、ぶちぶち切れてはたまらないようなことをするときは、nohupする。

というのは、回線が切れてシェルが落ちるときにSIGHUPというシグナルを掴まされて、そのままだとプロセス自体が終わってしまうからだ。

nohup java -cp foo/bar.jar LongLongTimeConsumedJob

とやっておくと、nohupがSIGHUPとSIGQUITを無視するように設定して、さらに既定ではnohup.outというファイルに標準出力とエラーをリダイレクトするようにしてからコマンドを実行するからだ。したがって、ネットワークが切断されてSIGHUPが上がっても問題なし。

しかし、ときたま妙なことに気づいた。例外を吐いているわけでもないのに途中で処理が中断しているのだ。nohup.outを見てもさっぱり理由がわからない。

あるとき、ターミナルを動かしているマシンから離れてしばらくして戻ってくると、TeraTermが終了させられていた。まあ共用ターミナルだしなぁと思いながらふと気づくとネットワークは繋がったままになっている。で、再度ログインして……とやるとやはりジョブが中断している。ということは、待てよと気づく。

include <stdio.h>
include <signal.h>
void sigh(int sig)
{
    printf("signal %d", sig);
    fflush(stdout);
}
int main(int argc, char* argv[])
{
    char wait[128];
    signal(SIGHUP, sigh);
    signal(SIGQUIT, sigh);
    ...
    gets(wait);
    return 0;
}

というプログラムを作ってnohup ./a.outして、おもむろに、TeraTermのXボタンをクリックすると、ああ、SIGHUPと一緒にSIGTERMも来ているのだった。えーそういうものなのかなぁ? なんか納得がいかない(回線ぶち切れのときはSIGHUPだけだし)けど。でも、SIGTERMというくらいだから(いや、terminateというtermはわかっているのだが)、ターミナル(ここではTeraTermの意味)には意図的なクローズ時に実行するプロトコルがあるのだろう(sshといってもアプリケーション層のプロトコルはTELNETだろうからメタコマンドは使えるはず)。で、サーバー側はその結果としてSIGTERMを上げる。

というわけで、nohupするときは、&を付けてシェルから切り離しておかないとだめだよ、ということだった。

追記:ブクマコメに反応してちょっと(手)を入れた。やっぱりTeraTermが気を利かせてると考えるよね

さらに追記:TeraTermのソースをつい読んでみたがOnCloseとOnDestroyで処理しているのか。これはわかりやすい。で、IAC(TELNETのコマンド開始文字)を使う処理は行ってなかった。ということはどうやってtty(だと思った)は違いを見てるんだろ。RASのサーバは別マシンだからTCP接続になってるわけだし、RST/FINでSIGTERM、キープアライブ(あるのか?)タイムアウトでSIGHUPのみとか。

追記(3/2) というか、気づいたが、シェルそのものが生きているんだろうな(いきなり断線した場合)。で、そのうち人知れずアクティビティタイムアウトで死ぬ=そのときはnohupしたプロセスもSIGTERMで死ぬ


2010-02-26

_ サイン・コサイン・タンジェント

子供が三角関数の宿題をやっていて、眺めていたらサイン・コサイン・タンジェントの覚え方というのを教えてくれた。

直角を右下に置いて、それぞれアルファベットのs、c、tを筆記体で書く。分母は最初に書いた辺。

おれはそんな覚え方を習った記憶がないのだが、確かにそうなるなぁ。

筆記体でsin,cos,tan

本日のツッコミ(全7件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ はら [こういう覚え方があるって、大学を出てから知って驚きました。僕は九九を覚えるのも拒否するアンチ暗記なので、これはいただ..]

_ arton [なるほど。僕はxが0なのでtan 90は求められないというのは覚えてる。]

_ はら [そういう特異な性質を覚える人は数学が得意な人だと思うな。後三角関数の加法定理も覚える歌みたいなのがあると、教員になっ..]


2010-02-27

_ リファクタリングの動的環境版

アスキーからリファクタリング:Rubyエディションというのが送られてきてちょっとびっくりした。

いつのまに、という感じだ(最近、情報の孤島にいることが多いらしい)。

リファクタリング:Rubyエディション(Jay Fields/Shane Harvie/Martin Fowler/Kent Beck/長尾 高弘)

ちなみに、『はじめに』(マーティン・ファウラーが書いている)を読んでいると、

オリジナル版を持っているのにこの本も必要なのか

たぶん、いらないだろう。オリジナル版をよく読んでいる人なら、本書を読んでもあまり新しい知識は得られないはずだ。

とか、書いてある。(持つべき理由としては、JavaではなくRubyなのでJavaを良く知らなければ読みやすい(擬似コードとしてはRubyのほうが読みやすいのは正しいと思う)、Rubyチームを率いている場合(でも、最初の理由と何が違うかおれには良くわからなかった))

ということは、10年たってもリファクタリングについての知見というものは、変わらなかったということか?

でも、その一方で、

私のオリジナル版以降、多くの人々がリファクタリングの考え方を発展させてきている。特にツールは爆発的な勢いで開発されている。

ということは、技法的な点についてはほぼ出尽くし、かつ形式化できたということなのだろう。

はて、本当か? と疑問に思うのであった。

ところで、リファクタリングをし尽くすと、最終的なコードはほぼ関数型で記述したものと同様なコードになるような気がする昨今なのだが、もしそうであれば、手続き型のコードとはまさに(人間から聞き取ったものをそのままシステムに写像した)仕様記述ということではなかろうか。


2010-02-28

_ じじいになるとよーくわかること

困ったことに、ここ10年くらいでぐっとじじいになった。

最初にそれに気づいたのは、まだ地下鉄がパスモじゃなくてプリペイドカードだったころだ。表面に路線図が書いてあるのを買ったのだが、まったく駅名が読めない。読めないという意味は、潰れてしまって駅名がすべて轟とか蟲みたくみんな見えるということだ(本当は龍が4個くっついた字を使いたいところ)。

まあ、デザインなんだろう、OKOKとか思っていたわけだが。

子供と一緒に地下鉄に乗ったとき、それを貸してくれというので貸したら、「ここで降りるんだよね」とか指差してくる。「えっ、おまえ、これ読めるの?」びっくりして聞き返した。

するとどうも漢字クイズと思ったらしく、「だってこの字はどうしたこうした」とかはじめた。

ということは、デザインではなくて、読むことを想定した字がプリントされているということだ。でも、おれには潰れた黒い四角にしか見えないのだが。

というところから、どうやら老眼になったらしいと気づくまではあっという間だ。

まあ、読めないんだな、これが。Excelのシート(文字は11ptくらいだとする)をA4とかに印刷されると、読めない。読めないというと嘘で、たとえば

「送信先がACKを返送した場合で、かつSYNを送信してから3秒に満たなければ」

と書いてあるとする。

すると、

「■■先がACKを■■した■△で、かつSYNを■■してから3秒に■たなければ」

くらいは読める。送については迷と見分けがつかない程度には見える。

したがって、なんとなく理解できるし、■△とくれば場合だとか推測はできるから、なんとなく読めるのだが、それでも6を8と読んでオフセットを取り違えるというような致命的なこともやってみたりしてみたり。

というわけで、周りはこっちが読めてるつもりなんだろうが、せせこましく印刷したものを持ってきたりするから、読めねぇよと苦情を言うようにしているのだが、他人が世界をどのように見えているかというのを理解するのは難しいだろうな。何しろ雰囲気である程度読めるから、読めていると思い込んでいる可能性もある(とすると、読めねぇという文句は単なるイチャモンということになるから、逆に抗議されてみたり)。

というわけで、ExcelはA3に印刷か、さもなきゃコンピュータで見ることになる。

ただ、それなりにラッキーなことに、近視だから矯正しなければ、これが読めるんだよな、無問題(もっとも紙を近づける必要がある)。

しかし近視も強いから眼鏡だと通常生活には結構不便なのでコンタクトを使っているから、そう、おいそれとは外せない。すると、読むということが相当問題となる。

(もっと悲惨なのは、近視じゃない人が老眼になった場合で、かれらはもうどうにもこうにも読めないようだ。天眼鏡を使えば良いと言うのは簡単でもそうはいかんだろうなぁ)

というわけで、高校だか大学だかの頃、一斉に新聞が字をでかくしたときはバカじゃないかと思ったが、バカはおれだった。新聞の良き読者は、たいてい爺さん婆さんだから、字をでかくすることはとても重要だったのだ。

というわけで、電子出版について考えた場合、まず、それはフォントサイズを変更できなければ、まったく読むに耐えないということになる。近視力を利用して読むためには10cm程度までは眼に近づける必要があり、iPadでもなんでも、そこまで近づけると操作できないから、そりゃちょっと考えるよな。そうじゃなければ、どうやったって読めないんだから、そんなものはいらない。

サイズが変更できれば、Mac一族のマルチタッチで拡大/縮小が指2本で広げたり狭めたりで操作できるのはメリットだ。

それはそれとして、ひらがなとアルファベットはえらく読みやすい(グリフが詰まっていないからだ)ので、このあたり欧米の読書人にとってはメリットだと思う。

# というわけで、今、何が読めないといって、少年マンガの単行本が読めない。あのサイズはコンタクトを外さない限り、どうやっても読めないわけだ。でも、まだ大人マンガの単行本のサイズだと問題ないんだが、さて後何年もつことやら。

で、眼科医に行って、遠近両用についていろいろ訊いてみたりするのだが、現在のところ、

・近眼について0.5くらいに矯正して、かつ遠視を軽減できるコンタクトはある → 0.5じゃお話にならない(まともなPCの操作はできないよ)

・眼鏡は上目と下目の切り替えのやつはあるけれど、VDTのような視界に大きく入れて利用するものを使うのは実用上不可能 → ってことはまったくお話にならない(あれも結局は0.5とか0.8程度まで近視を矯正して、たまに新聞とか読むときだけ視界の一部を下目使いで見るという使い方を想定しているものらしい)

というわけで、機械的に視力をどうこうするという方向はまだまださっぱりのようだ。

本日のツッコミ(全9件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ arton [おお、生きているうちに実用化されるといいな>オートフォーカスコンタクト。 2つ使い分けなくても、近視用眼鏡を外すだけ..]

_ ma2 [あ,じじい談義だ。 確かに少年コミックスは読むの大変ですね。あとちょっと暗いとすぐ読めなくなる! ベッドで「ちはやふ..]

_ arton [じじい談義って、病気自慢みたいなもんで、それなりにおもしろいかも。 にしても少年コミックスは読めないよね。昨日も子供..]


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