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日々の破片

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著作一覧

2018-07-21

_ ギロチン

何か月か前に学芸大学前に飯食いに行ったとき、道に迷って入り込んだ小路にやたらと品が良い古本屋があったので、つい立ち寄って、なんとなくダニエル・ジェルールドのギロチン(死と革命のフォークロア)を買った。

ちょうどサンソンの本を読んだり、1789を観た頃で、ギロチンに運命付けられていたのだ。

死刑執行人サンソン――国王ルイ十六世の首を刎ねた男 (集英社新書)(安達正勝)

(えらくおもしろいが、ギロチンではサンソンの歴代記はあまり信用できないもの扱いとなっている)

で、晩飯を食べながらちびちび楽しんでいたのだが、残念、ついに読了してしまった。

著者は、全然知らないが、おそらく英国人なんじゃないかと思ったが、後書きには、ニューヨークの演劇人のようなことが書いてあったので、少なくともアングロサクソンっぽくはある。

なぜ、そう考えたかといえば、この著者は不愉快なことに徹頭徹尾、フランスの第1革命を憎んでいるとしか考えられないからだ。バイロンやディケンズはじめとしたイギリス人の描くギロチンにたいして賞賛が多く、幻想には讃嘆、革命の現実には鉄槌を下しまくり、フランスでのより苦痛を少なくするための工夫には冷笑、王政復古期の虐殺はスルーなど、えらく偏見に満ちている。

ダントンが出てくれば、必ず枕詞に「好色」がつくし(多分ビュヒナーの影響だろう)、ロベスピエールが出てくれば必ず枕詞に「冷酷」がつく。

というような、妙な偏見と、王様やイギリスへの偏愛が目立つが、政治書でも思想書でもないから、そこにさえ目をつむれば、おもしろい。

本書はとても奇妙な本で、ギヨチン博士によるフランス革命直前のギロチンの発明(徹頭徹尾ルイ16世の介在を否定しているし、どういうスタンスで書いているのかえらく不思議な点はある)からフランスでの死刑廃止による滅亡までを、文学や美術におけるギロチンの取り扱いと、当時の死刑を報じるニュースから構成して、どのようにギロチンが人間の死と生に影響したかを記述したものだ。アカデミックではない考現学と言える。

幅広さは圧倒的で、日野日出志の作品が取り上げられているのには驚いた。

でも、日本でギロチンと言えば、絶対、男の星座の太宰治がギロチンギロチンシュラシュシュシュと歌いまくる場面だとは思うが、著者はそれほど日本のマンガに詳しいわけではないようだ(というか、知っていたらある意味妙だ)。

男の星座1(梶原 一騎/原田 久仁信)

(主人公太一の父親の思い出話として、太宰治が宴席でギロチンギロチンと楽しく歌いまくるシーンが出てくる)

取り上げられた作品で、実際に読んだことがあるのは数編、知っているもので10前後、60%以上はまったく知らないものばかりだ(とはいえ、カスクドールのように知っているとも知らないとも言える微妙なものも多い。それにしても、カスクドールが実在の女性とは知っていたが、乳房丸出しの写真を販売していたとは知らなかった)。

肉体の冠 [DVD]

(本物のカスクドールの写真を見たあとだと、シモーヌシニョレの美しさは本当に特別だと痛感する)

というわけで、残虐な刑の追放というかたちで始まったギロチンが、サンキュロットのルサンチマン発露の場として大量虐殺装置に転化し、死の持つ崇高さや恐怖や畏敬が、単なる機械的な作業に置き換わった結果、死刑に道徳的価値がなくなり、大衆娯楽に転化する。その結果、英雄的に死ぬという晴れ舞台化する(ラスネールがここでの主役)。(その一方で、ふくろう党などの反動勢力を持ち上げる英文学をやたらと評価しまくっていて、気味悪い)カリブ海ではヴィクトルユーグが革命→奴隷解放→悪徳商人や農場経営者に対するギロチン→王制復古→解放奴隷の再奴隷化→逃亡奴隷に対するギロチンという180度転換しながらギロチンの刃を落としまくる(カルペンティエール)。

光の世紀 (叢書 アンデスの風)(アレホ カルペンティエル/杉浦 勉)

(この作家は本書を読むまで知らなかった。無茶苦茶おもしろそうではないか)

かくして死刑がほとんど笑劇と化したことで逆に首にまつわるエロティックなファンタジーが作られていく(19世紀前半)。さらに大衆化することで、メロドラマと凶悪犯罪による死刑の大衆化が進む。ギロチンはすべてをやり直すための救済装置となる。

19世紀末期になりアナキストによるテロルが本格化するとともに、ギロチンは新たな見せ場となりつつ、表舞台から裏舞台へ移る。

ヴィシー政権はがんがん殺しまくる。

しかし、既にギロチンは見世物にもならず、恐怖でもなく、何の役にも立たない。単に、死刑囚をびびらせるだけのうんざりする、しかし厄介な存在となっているのだ。

当然、ギロチンはお役御免となり、フランスは死刑を廃止する。

ギロチン―死と革命のフォークロア(ダニエル ジェルールド/Daniel Gerould/金沢 智)


2018-07-09

_ 新国立劇場のトスカ

飯守監督最後の作品。

指揮者のロレンツォ・ヴィオッティがすごく立体的な音を作って、出だしから良いのなんのって。テンポは速い。

カラヴァドッシのホルヘ・デ・レオンとトスカのキャサリン・ネーグルスタッドは、立ち居振る舞いは良いのだけど、なんか音が重たい感じでちょっと違う感がある。ただ、そうはいっても舞台そのものは良いので、微妙な残念感がないわけではない。立ち居振る舞いの良さといえば、飛び降りが実にきれいだった。

スカルピアのクラウディオ・スグーラはやたらと背が高くマントが似合って、なんかメフィストフェレのようだ。カーテンコールで指揮者と並ぶとなんか兄弟みたいな雰囲気でちょっとおもしろい。ただ、あまり印象がない。

先日、友人の家で観たザルツブルクのスカルピアが死にきれずにサンタンジェロまでやってきて、トスカを射殺する演出(ということは、トスカは地獄でスカルピアには会わないんじゃないかな。殺してもいないし、自殺もしていないから、救済されるハッピーエンドのように思う)のような脚本外の演出は一切ない(と思う)いつもの新国立劇場のだが、悪くない。

子供が1幕が終わった後、なんでアンドレ十字なんだろう? と言っていたが、これで観るのは3度目なのに、まったく気づかなかった。

で、2幕で、聖アンドレア教会というセリフが出て来て、なんと芸が細かい演出なんだと驚いたが、何しろおれ自身は気づいていないのだからしょうがないな。

で、固有名詞に気を取られるとファルネーゼ宮ってどっかで聞いたことがある名前だが、とか余分なことを考えて、ああ、ベルセルクに出てくる女性かと思い出したのだが、そのあと、古本で買ったデビルマンGを読んでいたら、シレーヌが召喚されるシーンがまるで蝕のようで、いろいろシンクロニシティするなぁと思ったりとか。

デビルマンG(グリモワール) コミック 1-5巻セット (チャンピオンREDコミックス)(永井 豪)

なんか最近、高遠るいを読みまくっているのだが、この作品が今のところ一番気に入っている。換骨奪胎と構成と絵柄と、どれをとっても好きなマンガだ。


2018-07-07

_ 正しい日 間違えた日を観る

友人に誘われて正しい日 間違えた日を観にヒューマントラストシネマ有楽町。

誘いのメールには「ホン・サンスを観よう」としか書いてなかったから、ボン・サンスというフランス人作家の書き間違いじゃないかと思ったら、韓国の作家だった。韓国の作家をバイネームで観るのはイ・チャンポ以来だからどえらく久しぶりだ。

なんか3本同時にやっていて、一体どれに誘われたかわからなくて閉口したが、時間が指定されていたので、無事、正しい日 間違えた日のチケットを買えた。それにしても、TOHOシネマに比べると、あらゆる点で劣った購入システムで閉口した(確認メールが来ない、秘密キーとして暗証番号を利用するのだが、強調しないのであわや忘れるところだった。チケットの価格や有効期日の短さを考慮すればもう少し賢く作れないのか? あと、発券端末が専用ペンのタッチというのも使いにくい)。

と、いくつかの関門をたどって、会ったので、一体何者か? と聞くと、日本とフランスでだけ人気があって、フランスでは特に韓国のロメールと呼ばれているが、そこまでは大したことはない作家、と教えられる。

わけわからん。本国よりも日本で、というのは、単純な人口比ではなかろうか。タイプの客が日本に1000人(いちおうは、単館上映可能な人数)いるとしたら、韓国だと400人となり、そりゃ本国よりも日本のほうが人気ということになるだろうけどなぁ。

で、観たら抜群におもしろいではないか。

ロメール(おそらく、無用なBGMがなく、会話主体で少し奇妙だが、日常の切り取りがうまく、そこに物語が存在する)と言えなくもないが、おれには、むしろキアロスタミの韓国版というか、キアロスタミは死んだのだから後継者と言ったほうが正確に思えた。

会話主体で少し奇妙だが、画の切り取り方にねじれがあり、主人公に映画作家を据えることでメタシネマを匂わせながら、まったくの虚構で作りに作った、しかしロメールのように巧妙に脚本を練るよりは即興に見える会話で物語を生み出す、というタイプだ。

つまり、抜群におもしろい。

1つの時間軸に対して微妙な会話の差異から2つの異なる物語を作るという奇妙な映画だった。

地方の映画祭に呼ばれた芸術系映画作家だが、手違いから1日早くつく。この男は女好きで、観光名所でナンパした女性(画家の卵)をどうにかしてものにしたい。しかし何も起こすことはならず、翌日、映画祭が終わってソウルへ帰る。

この筋書きから2通りの物語、「あのときは正しく、今は間違い」と「あのときは間違い、今は正しい」が順番に映写される。

最初、名所の寺院に画家の卵が入っていくところを、名所の入り口に立っている作家が眺めるところから始まる(とは言え、初回ではそこは重要と思わなかったので見逃しているし、もしかするとそもそも映していないかも)。初回は、ホテルの窓から眺める。小柄な女性。背は低いがかわいいが危ない危ないというモノローグ、彼女は映画祭のアシスタントらしいがすでに映画産業に関わっているようにも見える。橇場(日本にはなさそうな気がするが、アイスリンクで橇を走らせるもので、屋外にアイスリンクがあるのだから、無茶苦茶寒そうな場所だし、寒い場所というのは2回目では強調されることになる)で二人で遊ぶ。別れたあと、時間を大切に、と名所に入る。勉強堂のようなところで休み、戻ると、きれいな女性がミルクを飲んでいるのに気づく。ぎこちない会話のあと、コーピーコーピー言いながら寺院の前の喫茶店に入る。喫茶店の存在は、最初のシーンで言及されている。彼女のほうは棗の茶を飲む。オーガニック好き。モデルの仕事をやめて画家になろうとしていて、毎日絵を書く訓練を自分に課していると語る。

彼女の絵を見ることになる。

キュービズムから具象を排した絵。構図は悪くない。に、茶色か橙のつまり暖色の帯を描き込む。

批評を求められて、デリケートなあり方について述べる。

2回目は、窓の外を眺めるのではなく、窓の外から作家を移す。小柄な女性は出てこない。

喫茶店で、画家は、禁煙し、禁酒し、コーヒーも飲まないことを告げる。

画は見せない。筆にパレットからペパーミントグリーンか、寒色を付ける。

批評を求められて、欠損について指摘する。しつこく言い方を変えながら、つまらない作品だと指摘する。

彼女落ち込みまくる。

重要なタイミングとしては、画の批評と、寿司屋で彼女が友人がいないと言い出すところかな。しかし、特にどの1点ということはなさそうだ。どこからどこまでが、片方にだけ台詞を指定して片方にアドリブさせているのか、それとも実はガチガチに台詞が決まっていてタイミングも指示しているのか、まったくわからない。観客は与えられた世界を眺めるだけなのだから、それで良いのだ。でも、裸踊りが始まるところは、役者のアドリブのような気がする。

というように、微妙に変えて気分の悪い終わり方と、それほど気分が悪くない終わり方に分かれる。

画面から目を離す隙がないので、退屈一切なしの映画を味わえた。

あと2本、どうしようかな?(友人はこの作品以外はすべて観ているのでもう誘ってはくれない) 今観ないと一生観られない気もするが。


2018-07-03

_ 六本木でPIL

あわや勘違いしたまま表参道でブルーノートへ行くところをあやうく六本木に行けた。

場所はえらくはずれで、以前ブンガワンソロがあったあたりというか、小さいルの字ってUnicodeには無いのかな?(本当はソとロの間に小さいルが入らないと気持ち悪い)

最初はウォーリアーで、この曲がこんなに定番になるとは考えもしていなかったが、良い曲だ。

音が良いのに驚く。無茶苦茶音が良い。しかも声がちゃんと聞こえる(のはライドンの歌唱力が抜群だからだろうけど、それにしても音が良い)。

不思議なのはフラワーズオブロマンスみたいな曲ですら、最初の3音くらいでどの曲かわかることだ。

ライズは定番。this is not a love songはちょっと退屈した。

9とその次あたりの曲がおもしろい。

public imageは今聞くと本当に古臭く感じる。

デスディスコは古い曲だというMCから始まったけど、PILとして古いという意味かチャイコフスキーだから古いのかわからなかった。

最後の曲は、ファッキンボロックスと罵りまくる歌で、これは挑発しているのか、なんだろう? と不思議になる。が、ネバーマインドというくらいだから、ふつうの呼びかけなのかなぁ。

大体60分ちょっとくらいでおしまい。

それにしても、こんなにエンターテインメントとして楽しい舞台を作るようになるとはおもしろい。60歳くらいの爺さんバンドというのは良いものだな。

ヒトラーみたいな片側に寄せた髪型(白いのか薄い金色なのかよくわからない)に、白シャツチョッキでひげがないヒトラーかトロツキー(白髪にチョッキの写真が印象にあるからだな)かコービンかという感じでセンスが良くわからんが、これも良かった。少なくとも以前のせむしのリチャード3世みたいな動きではなくて、もう少しふんぞり返って歌いまくる(せむしからふんぞり返りへの転機ってなんだろう)。

終わったあと、イラン料理屋でシャシリクなどを食べて解散。


2018-06-26

_ 良いと悪いの間、good/badとright/wrong

良いと悪いの間に、良くないと悪くない、それから並があって、おれの言語感覚では、良いほうから順に「良い」「悪くない」「並」「良くない」「悪い」となる。

悪くないは、積極的には良いとは言えないのだが、しかし並ではない。否定形を使わなければ、まあまあ良いとか、割と良いとかに相当するニュアンスを持つ。良くないも同様で、積極的に悪いと評価はできないのだが、しかし並ではない。どちらかといえば悪い、まあ悪いかなぁくらいのニュアンスになる。

が、ふと、必ずしも常にそう使っているわけではないことに気づいた。

上の5段階の評価は、審美的なことであったり、作品の評価であったり、つまるところ、good/badの間の表現だ。

しかし、そうではなく絶対的な行いの善悪が問われている場合は、そもそも「並」というものはなく、「良い」「良くない=悪くない」「悪い」の順になっているように感じる。正確には「善い」「善くない」「悪くない」「悪い」だろう。その行いは善くない。だが悪い行いではない。その行いは悪くない。だが良い行いとは言えない。この場合、善くないと悪くないは価値的に等しく、その時点の文のつながりや、善悪どちらを強調したいかの判断によって使い分けているようだ。

つまるところ、善悪は2元論なので中間がなく、良悪はスペクトラムなので幅があるということなのだと思う。

そこで、最初の良くないは悪くないより悪い評価、というところで、なぜ、おれがそう使うのかについては思い当たる節があって、もしかすると、実は人によって使い方が異なるのではないか、という疑問が湧いている。

おれが、いまひとつだがまあわりと良いかもな、という意味で「悪くない」と評価したときに、人によっては、悪いとまでは言い切れないが、これっぽっちも良くはない(つまり、おれの5段階表現では「良くない」に相当)というニュアンスを読み取られたとすると、それは明らかに齟齬が生じている。

「良くない」は、どうもおれの場合、ファントムオブザパラダイスでポールウィリアムズ扮する悪徳、しかし才能あふれる作曲家/プロデューサーのスワンがオーディションに来たカントリー歌手に対して「not bad, but ...」(正確ではないかも)といってリジェクトする言い回しの「not bad」に影響されている可能性が高い。

このシーンでは、他にもlittle pretty, but ...などいろいろな言い回しでgoodなもの(がフェニックスという女性歌手)が出てくるまでリジェクトしまくるのだが、そこで使われるnot badという言い回し(と、そう評価される歌手の歌)が妙に印象的で、それを脳内で翻訳して「悪くない」という言い回しを決定的ではない肯定として位置付けているようだ。

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ファントムオブパラダイスという邦題は、公開時からツッコミを受けまくっていたが、未だに「ザ」を入れないままなんだな。天国の妖怪(怪人)なのか、パラダイス「座」の妖怪(怪人)なのかは、どえらい違いだし、当然ながらザの有無でオペラ「座」の怪人のバリエーションかどうかが変わるのだから、絶対的に必要なはずなのだが(オペラの怪人とオペラ座の怪人では全然違うってのと同じだ)。

・(原作のフランス語で)パラディと、パロディの語呂合わせでもあるように思えるし、パラダイスと言えば、Les Enfants du Paradis も当然のように想起されるのだが、Les Enfants du Paradis も邦題だと天井桟敷(この場合のパラディの訳としては正しい)の人々なので、もう2つの作品の関連性は日本語ではゼロですなぁ。

ところで、ファントムオブザパラダイスのスワンはカリオストロの城に引用されているということだが、観たことないのでわからない。

#ところで、right/wrongである一方、good/wrongもあり得ることに気付いた。であれば、good/bad、good/wrong対良悪、善悪で、英語だと悪が2種類善が1種類で、日本語だと善が2種類で悪が1種類で、ちょっとおもしろい(おれが持つ悪相当の語彙のバリエーションが乏しいだけのような気もする)。どちらかというとright/wrongは善悪ではなく、正邪の組み合わせのように思える(よこしまという和語は今では悪いに吸収されてしまって、音読みのジャ以外はそれほど利用されていないように感じるが、どうなんだろう)。


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