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日々の破片

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2010-02-12

_ トーキョーリング(ジークフリート)

3階B席だが十分に楽しめるのはオペラハウスの小ささのせいだ。深さがあるからオーケストラがAを合わせた後のしばらくは地の底から混沌の音が湧き上がってくるのを楽しめる。上野ではこうはいかない。それを考えるとNBSの人は確かに良い呼び屋だとは思うけど、彼の主張が通らなかったのは結構なことだ。

で、今回もつくづくトーキョーリングの演出のうまさに舌を巻く。

ほとんどワーグナーのオリジナルの設定に返れ運動のような演出で、台詞の丹念な拾いこみによって、リングをヴォータンの新世代への権力移譲プロジェクトとして再構築している。ヴィンラント風などうにでも解釈可能な抽象劇でもなければ、シェロー風な新解釈でもなく、すべてはアルベリヒの呪いを受け入れてヴェルズングへの愛を断念し、ジークフリートとブリュンヒルデへ未来を託すヴォータンの視点で描く。

それを単純にワーグナーへ帰れ! 的にやってしまうとあまりに古色蒼然たる原始人の物語(毛皮と棍棒の世界)になってしまうため、舞台を徹底的にポップにチープに仕上げることで、逆に構造の固さを際立たせることに成功していると思う。見てくれはチープでポップしかし中身はえらく保守的というのがトーキョーだということなのかな? それはわからんけど。

この演出だと、なぜヴォータンがエルダに対して最初は教えを請うと言いながら結局はお前は何も知ることができなくなったからさっさと寝ろと言い捨てて帰るのか理解できる。最初からヴォータンはエルダには視えていないことを信じている。なぜならば彼の計画は彼の意思でありながら、彼の意思を知らないジークフリートによって実践されているからだ。彼はもしエルダが意図を言い当てればプロジェクトは失敗であるということを確信している。したがって、エルダに対して自分の打つ手を読めるかどうかを問うのだ。しかしヴォータンは自分がすべきこと、つまり何もせずに次世代に任せること、を決定している。したがって、自分の意図をエルダが読めないことを確認し、それゆえ、自分の意図通りに世界が回っていることを確認し、かくしてエルダはもう必要ないと判断する。

エルダの歌手はラインゴルトの時と同じくすばらしい。もっとも寝たまま歌うからかちょっと弱い感じ。アルベリヒは凄みがありそれは素晴らしい。ジークフリートは実に良い感じ。元気で明るく馬鹿。それにしても、この男ほどDQNという3文字にふさわしい男はいない。可愛い孫においらがじいさんだと名乗れないもどかしさにいらいらしているヴォータンに対して、うるせえじじいだ、どかなきゃどてっぱらに穴を開けるぞとか、不快極まりない。でも、そこが可愛い孫ということだ。

で、舞台のヴォータンはつい槍を折れ目から折ってしまって、ちょっと困っていた(最初、なんの演出だ? と思ったが、事故なんだろうな。やはりジークフリートがノートゥングを振り下ろしたところで切り離すべきだったのだろう)。

小鳥はちょっと仰天。写真ででっかな着ぐるみが出てくることは知っていたが、まさか、着ぐるみのまま身振り手振りでジークフリートとコミュニケーションを取るとは。2幕の最後で燃えやすそうなモサモサから、たぶんローゲ対策なのだろうが耐火服に着替えるシーンはおもしろい。

同じく森の情景で狼(ジークムント)や鹿(ジークリンデ)を出すのは寂寞感とコミカルさとが合わさった良い演出。

ブリュンヒルデは前回の人のほうが好きだな。ちょっと声が震え気味で、そういう持ち味なのだろうが僕はもっとストレートな声の出し方の歌手が好きだ(トゥランドットのときは気にならなかったが)。それでも目覚めて世界に挨拶し、自分を起こした男がジークフリートだと知りヴォータンに感謝するところまでの音楽の美しさは実に素晴らしい。ジークフリートを一気に作らずに、トリスタンとマイスタージンガーで練習した後に3幕目を作ったという(意図的かどうかはともかく)ことはある。

オーケストラはずいぶんと良い音を出していたと思う。長丁場なのに3幕目も美しい。

とても満足した。


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