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日々の破片

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2021-10-09

_ オクトーバースカイ=ロケットボーイズ

子供に誘われてシアターコクーンにオクトーバースカイを観に行く。

元になった映画(もしかすると逆でミュージカルを元に映画にしたのかも知れない)は観たことないが、宇宙兄弟は相当この作品からインスパイアされているのだな。特に、恩師(宇宙兄弟では学校の先生というわけではないが)の病気とか、炭鉱町からNASAの技術者になった人のエピソードとか。

1957年10月のスプートニクショックに見舞われた米国の炭鉱町が舞台で、現場監督の息子とその級友たち、兄、父母、担任の先生、炭鉱労働者で話が回る。

炭鉱へ潜る労働者の合唱から始まる。なかなか良い感じだ。

次に女教師が出て来て、この町の学校では何もできないというような嘆き節が歌われる。

場面変わって3人組が町をふらふらしているところになる。ロミオ、マーキューシオ、ベンボーリオみたいだなとか思っていたら、ホーマーという名前の主役は本当にロミオの甲斐翔真だった。朗々とした良い役者/歌手だ。が、ロミオと同じくどうもうつうつとして楽しんでいない。

眼鏡をかけた小僧が他の連中にいじめられながら通り過ぎる。

教室で教師が、スプートニクが町の上空を通る、これは凄いことなんだと教える。ラジオでスプートニクの音を聴かせるとマーキューシオがなにがロケットだよ、単なる雑音じゃん、ロックンロールのほうがいかしているぜと茶々を入れると、眼鏡がスプートニクの通過周期について説明しようとしていじめられる。

家に帰ると、フットボールの花形選手の兄貴がいることなどがわかる。父親は現場監督で夜になると夜間作業者からの電話があるため、大抵家にいない。

というわけで、一家からスプートニクを見に行くのはホーマーと母親(兄貴は仲間たちと飲むために来ている)で、ホーマーは遥か頭上を通過するスプートニクを見て深く感動する。

かくしてロケットを作ることを思い立つ。さっそく仲良し3人組で作ってみるのだが爆発するだけで終わってしまう。

そこで眼鏡を仲間に引き入れる。ここで兄貴の仲間たちと喧嘩になる(ホーマーの野郎がバカと仲良くやってやがる、みたいな調子なわけだが、どちらがバカなのかとか考えながら、ハマータウンの野郎どもを思い出す)。喧嘩になったおかげでマーキューシオやベンボーリオも眼鏡を仲間として認めることになった。

ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)(ポール・E. ウィリス)

デュードを野郎と訳すのは、ボウイのオールザヤングデュードにはふさわしいが、今の日本語だと「輩」だな。

(すごい名曲だ)

さらに炭鉱附属の工場で働くポーランド人(Rの発音がРのグルルルルなのでロシア人かと思った)に頼んで金属の排気管を持つ筒を作ってもらう。ポーランド人は、ホーマーの父親(監督だからだろう)に隠れて作業するのは嫌なので最初は拒否する。しかし、ホーマーから空を見上げてスプートニクが飛ぶのを見て衝撃を受けたことを聞かされ、遥か離れた地点でも同じように空を見上げる人が存在するということに対する思いに感じ入って(故郷を離れた人だからだよな)引き受ける。

問題は、ロケットを飛ばすには爆発が必ず起きることで、しかもここは炭鉱町で、爆発=事故なことだ。

さらに、炭鉱を支配する企業からみれば、学校に通わせるのは単に義務教育(高校みたいだから義務ではないか)のエクスキューズのためであって舞台でのセリフを使うと「天井に頭をぶつけない程度の知恵さえつけてやればそれ以上は不要」なわけだからなかなか前途は多難だ。

が、やっと教育――生徒に希望と自由を獲得する手段を持たせること、という信念を発揮できるために自分が実行できることを見つけだした教師が強力に協力する。手始めに校長にロケット工作に対する説得を行い、許可を得る。

段々高く飛ぶようになると、町の人たちもそれなりにロケットボーイズの打ち上げを楽しむようになってくる。

が、打ち上げに失敗して炭鉱にロケットが飛び込む事故が起きる。ついに父親の堪忍袋の緒が切れる。ポーランド人は工場勤務から炭鉱勤務に変えられてしまう(が、給料的には左遷ではなくむしろ栄転なので複雑)。

さらに兄がフットボール特待生のような条件で大学進学が決まり、父親は炭鉱夫の跡取りとしてロケット工作をやめさせようとする。

が、母親や級友たちの後押しもあり、なんだかんだとロケットボーイズ活動は続く。

が、ついに本当の炭鉱事故が起きてしまい(端的には人手不足によるチェック体制の甘さ)ポーランド人は死に、ホーマーの父親も入院となってしまう。

かくしてホーマーは家計を支えるために自分が炭鉱に潜ることになる。

・曲としては2幕最初の母親、教師、級友の女性3人による歌が良い。

・印象的なのは炭鉱の「空の星は隠れ、船は入江に着き、人は死ぬ」みたいな帰るところに帰るみたいな歌だった。

・どうも物語がうまく進み過ぎてミュージカル的なおもしろさには乏しいように感じた。歌と踊りが派手なのは燃料用アルコールを入手するために酒場に行くところだけのようだが、この曲はそれほどおもしろくない。

・ミュージカル的なおもしろさには乏しいかも知れないが、舞台としては実に良い舞台で、抜群におもしろい。題材の良さも光っているのだろう。

というわけで、問題は炭鉱労働だ。

・ロケットの名前をAUK(ペンギンだよな?)として「反語」という言葉を使うと通じないといのはおもしろい。学力的にはホーマー>=眼鏡>>その他のようだ。父親が現場監督という地位にあるのだからそれなりに優秀でリーダーシップがあったのだろうな。

・ヒューストンに対抗してコールストンというのはちょっとおもしろかった。

確かに死と隣り合わせの危険な職業なのは間違いない。が、同じ死と隣り合わせの漁師と比較すると給料が安過ぎる。3ヵ月働いてあとは遊んで暮らすだの、ニシン採れすぎて御殿が立つとか炭鉱では(経営者以外では)あり得ないわけだ。

危険なのに給料がそれに見合わないとなれば、否が応でも職業に対する誇りと仲間意識だけが肥大することになる。これは労働的には悪循環となる。

だから閉山していくのは巨視的には良いことなのだな(とはいえその文化に首まで浸かってしまって逃げ場がない個々の労働者にとっては死活問題だからサッチャーはサッチャー扱いとなるのはしょうがない)。

石油はボウリングするし爆発すれば危ないのは変わらないにしても、人間が地底に降りる危険はない。

原子力は爆発した場合の危なさはそれどころではない。というかバケツで運ぶような運用をしてしまうと炭鉱よりも危ない。

と考えると、風だの太陽だのは、労働環境面でもまったく良い点しかない(電池が重いとかは別の話)。

それにしても、1957年に労働者国家の影響で炭鉱労働からの離脱を考える高校生が出てくるというのは歴史物語としてもうまくできている。1960年代には炭鉱は衰退産業となる(とはいえコールウッドの閉山は1980年代)わけだから、炭鉱労働者になるよりも別の道へ進むほうが明らかに合理的だ。

(おそらく、ロケットボーイズが全米科学賞とか受賞した背景に、そのような産業切り替えを考えた意思決定もあるのではないか?)

というか映画ではなく、本当にNASA技術者の自伝が元ネタだったのか(ということは宇宙兄弟は映画ではなく、こちらの自伝を援用したのだな)。

ロケットボーイズ 上(ホーマー・ヒッカム・ジュニア)


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