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日々の破片

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2016-10-02

_ 新国立劇場のワルキューレ

飯守リングの第1日の初日。

ワルキューレはとにかくリングの中で最も美しくて好きなのだが(おもしろいのは神々のたそがれ、どこか1幕と言われればジークフリートの終幕だが)、そうは言っても1幕はいささか説明が長すぎて退屈することもあるし、2幕の夫婦喧嘩は物語としてはうまくできているのだが同じく音楽としては退屈なところがあるのだが、そしてヴォータンの子別れも同じくいささか長すぎるのだが、この演奏は驚くべきことに、まったく、どのシーン、どの瞬間をとっても、素晴らしかった。初日とは思えぬくらい歌手が素晴らしい。いささか素晴らし過ぎて、初日でこれなら残りの日だったらどんなになるんだ? と後悔するくらいだ。

とにかくそういう意味で、まずステファングールドが圧倒的だ。

大体、考えてみればリングではジークムントは若手(将来のジークフリート候補)の役どころなわけだが、そこにジークフリートクラスの歌手をもってくれば、こうなるのも当然かもしれない。どの瞬間をとっても素晴らしい。圧倒的な迫力、説得力、声は通るし力強く、美しい。すごい。

しかもジークリンデのジョゼフィーネウェーバーがまた美しい。

ジークリンデは不幸という意味ではどうしてここまで酷い運命なんだとどうあっても同情せざるを得ない役柄なのだが、1幕のきょどりにきょどった哀れな女が確信をもって(ノートゥングを教えに戻ってきたところ)歌いまくる。2幕のPTSD全開して大騒ぎするところもそう悪くない(妙な坂道を配した舞台装置によってジークムントとの距離感がうまく演出されていた)。

ただ、それまで(演出的にだろうと思う)セーブしていたのを大解放する、3幕でブリュンヒルデを讃えるところ(ジークフリートの岩山のモティーフに繋がる)があまりにも巨大で落差があり過ぎるようには感じた(身ごもっていることをブリュンヒルデに告げられていきなり豹変してワルキューレに身も蓋もなく助けを要請するところもいささか唐突過ぎる感じだが、それはワーグナーがそう書いてしまったということかも知れないが、これまでここまで極端に豹変する印象を持っていなかっただけに歌の説得力が強過ぎるのかも知れないなと感じたのだ)。

で、驚くべきことに(なぜかあまり期待していなかったのだ)ヴォータンが実によい。グリアグリムスレイ(サロメのヨカナンで観たはず)。ワルキューレではいささか低音過ぎる歌なのだが、文句なく美しい。子別れのシーンの説得力。

そしてフリッカがまた良いのだ。エレナツィトコーワ。ズボン役が多かったのだが、女性の中の女性の神様だな。

で、これまでなんかキンキンフルフルしていて好きになれなかったテオリンのブリュンヒルデがまた良い。これならブリュンヒルデだ。兜を脱ぐと白い頭が出てくるところが舞台映えするのは狙ったのかどうかわからないがおもしろい。すごくスリムで背が高い印象があったのだが、ヴォータンやジークムントが大きいことと、だぼだぼして原発の作業服のようにも見える戦闘服のせいで(しかし胸当てと羽根が伸びた兜はオーソドックス)子どもっぽくも見えて、なかなかおもしろい。確かにブリュンヒルデは子どもで正しい。

飯守指揮は縦のリズムが強調されて横のメロディを抑えて(そこは歌手に任せる算段なのだろうか)しかし強弱によるメリハリは十全、ブーブーされていたが僕にはとても良いものに思えた。

東京フィルは頑張っていたと思うが、さすがに長丁場で最後のあたりでは相当金管が疲れてしまったように聞こえた(というか、明らかに疲れたのか緊張の糸が途中で切れたところがある)。

それにしても良いものを観られて実に嬉しい。

演出上で特にうなったのは、子別れのシーンでヴォータンがブリュンヒルデを眠らせにかかったところで、ブリュンヒルデが腕でヴォータンを押して、なぜ臆病者を避ける必要があるか、つまり英雄の到来を確信しているのか最後に説得するところ。

一度、ヴォータンが舞台奥へ移動して契約の槍を正しく持ったところで、ブリュンヒルデが炎で岩山を囲むことを提案する。するとヴォータンが槍を手から放して(契約とは一切無関係にという意図なのだろう)ブリュンヒルデへ駆け寄り抱きしめる。

見事だ。

ヴォータンが指輪の呪いを受け入れ愛を断念することで、「敵にして味方」を獲得するための必要な最後の要素(ブリュンヒルデが、その英雄と共に世界を救済するためのお膳立て)がこれによって揃ったわけだ。

それはヴォータンが考え付かなかったことで、智慧の女神エルダの娘でもあるブリュンヒルデの智慧を讃える瞬間でもある。(もちろんそれもヴォータンは計画していたのかも知れないが、自分からお膳立てすると、ノートゥングと同じく、あらかじめヴォータンの意志で仕込んだ仕組みに奴隷が従っただけというフリッカの指摘がここでも適用されてしまうから、どうあっても既に勘当することで自由意思で動くことになったブリュンヒルデに提案させる必要があるという意味では変わらない)

この演出は抜群だ。

他に、フンディングが「蛇の眼だ」と言うところを独り言ではなく、1人残した郎党へ囁くことにした点、ジークムントが生い立ちを近況へ持ち込んだところで、郎党が入って来て一触即発となるところの緊張感、これもうまいものだと思った。こういう演出が(フンディングのアルベルトヴェーゼンドルファーも実によい)1幕のいささか長過ぎる感をなくしているのかも知れない。

・プログラムを席に置いてホワイエに出ていたら、盗まれた。これには驚いた。ミーメのような奴って現実に存在するのだな。

・隣の老夫婦が3幕が始まるやいなやぺちゃくちゃしゃべり出したのにも驚いた。下品な人って現実に存在するのだな。

というわけで、舞台は最高だったが、観客には最低の連中がいて、そこが残念であった。

・ふと気づいたが、リングの地図はたいてい左がリーゼンハイム、そして森があってブリュンヒルデの岩山となっている気がするが、それだとワルキューレが東の森というのが解せない。東の森がリーゼンハイムとの国境でファフナーが蟠踞しているからヴォータンが近づかないということであれば、リーゼンハイムは地図の右、その左に森、そして岩山という並びでないとおかしいのではないか。


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