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日々の破片

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2012-05-17

_ 耳がでかくて目をぱっちり開けて生まれたネズミの物語

帰宅したらテーブルの上に妙な児童文学が置いてある。妻が図書館から借りてきたそうだ。子供に訊くと、おもしろかったから読めという。では読むか。

で、昨夜読んだのだった。

ねずみの騎士デスペローの物語(ケイト ディカミロ/ティモシー・バジル エリング/Kate DiCamillo/Timothy Basil Ering/子安 亜弥)

おもしろかったが、はてこれは児童文学なのか? いや、確かに児童文学で、対象は小学校低学年から中学年くらいだろう。

だが、なんか違う。

作家は、どうも本気で、愛と憎悪、背信と寛容、心の中にあるネガティブなものとポジティブなものを、読者に教えるつもりのようだ。

地下牢に生まれたドブネズミは光に恋焦がれて、ついに地上に脱出する。そして広間(舞台は王様と王女が暮らす城だ)のシャンデリアに心を奪われ、人々の優雅さに我を忘れる。中でも王女の光り輝く美しさに見とれる。

そこでアクシデントが起きる。王様も王女も、結果として国民も不幸になり、ドブネズミは地下牢へ逃げ帰る。光の世界から追放されたような気持を味わい、自分は闇の世界で生きるべきだという思いにとらわれる。そうやってバランスを無理に取った心には闇が生まれる。何かがねじまがったからだ。

作者は、これでもかこれでもかと、心の状態を示す言葉を強調し、それがどういうものかを、極端なシチュエーションを設定しては説明する。

主人公は、地上(城の1階より上の意味)で暮らすハツカネズミ。生まれたときから虚弱児で、ちょっとへんな母親以外からは異端視されている。母親は外国人なので、ちょっと感覚が異なるのだ(というのもあって主人公の名前は絶望君なのだった)。

父親は常識人で、社会と子供の板挟みになり、結局、子供を裏切ることになる。作者は、背信というものがどういうものか、しつこく説明する。

悪意の塊のような人物も登場し、一方、愚鈍としか形容できない愚鈍な少女が登場し(箱の中で一番切れ味が良いというわけではないナイフという表現を好んで使う)、悪意の塊は最後まで悪意の塊で、愚鈍は最後まで愚鈍だ。

この世界にあって、救いは、愛と寛容だけで、そしてどちらも無力なので奇跡は起きない。しかし、それほどひどいわけでもない。

なぜか、ほぼすべての登場人物を皆殺しにできるチャンスを手にしたのに、それを行使せず引き上げるドブネズミの老婆(期待を外すのが一番の喜びなのだ)が良い味を出している。これはアンチハッピーエンドの期待を外したのではなく、人生の一番弟子への手向けなのだと思いたい。

この内容は、小学低学年にはちょっと重くはないか? ほとんどYAものだ。だが、文体や、言葉の説明は、これは確実に小学校低学年対象の児童文学だ。重いというのはおれの勘違いで、わかりやすく説明すると、具体的になるというだけなのかも。とすれば、ここまでネガティブな精神をわかりやすく子供に説明した作品というのはあまり無い。

稀有の作品だ。

# 9.11の後の作品だということを作者が意識して書いた作品らしい。ならば良くわかる。無力かも知れないが、そして世の中は背信と憎悪で満ちているのだが、だからこそ愛と寛容を失ってはいけないよ、と子供に言いたいのだな。きれいごとではないことを見せるには闇を真っ暗に書かなければならないということだろう。そして闇を描くには、おとぎ話の体裁をとらなければやっていけなかったのだろう。


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