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日々の破片

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著作一覧

2012-02-26

_ 解錠師

poppenさんが大絶賛しているのでこれは読まなければな、と買って、例によって電車の中でちまちま読みながら(が、最後の1/5は結局、寝ずに一気読みになってしまった)、読了したのが……とbyflowの記述を見ると、書き込み日付が見つからないとは。2週間くらい前だ。

なかなかこちらを更新できなかったが、書いてみる。2つの視点。

まず、題がなんだかわかりにくいが(表紙はめっぽう美しい)、金庫破りのことだと言ってしまうと身も蓋もない。金庫破りという呼び方だとダイナマイトを使って破ろうが、酸を使って溶かそうが、なんでもありになる。でも解錠師は違う。フローと、指先の感触と、鍵の機構に関する膨大な知識、そして日々の訓練(毎日、異なる種類の練習用の錠を高速に解く)で、ごっつい金庫を優雅に武装解除する。実に好感が持てる職業だ(おれが被害に合わなければ。そしておれは金庫を持っていない。したがっておれは被害に合うはずがない。したがって文句なく好感が持てる)。

物語は、20代後半の青年の一人語りで綴られる3つの時間の流れだ。

1つは監獄の中で思い出話を綴る現在。

1つは高校時代(その前に子供時代が入る)。

1つは監獄に収監されるきっかけとなった17〜18歳(高校時代の直後になるわけだ)。

主人公はまったく言葉を発さない。ある事件(これについては最後まで伏せられている)をきっかけに言葉を発することをやめたのだ。

両親を亡くしたので伯父さんに引き取られる。最初、この伯父さんが、ティナルディエのような少年虐待野郎なのかと読み始めると、引き取ってしまった子供をどう育てるか困惑する安酒場を経営する40過ぎの冴えない独身中年の不器用ながら精一杯の愛情の注ぎ方に(読書主体のおれに近いから共感しやすい)思わず感動してしまうが、それは本筋とは微妙に異なる。

さて、言葉を発さないというのは生きていくのになかなか不自由で、高校に入るとあっというまに、スクールカースト最底辺へ突き落ちてしまう。が、何気なく美術のふざけた教師(これが、アメリカ版の僕な好きな先生(RCサクセション。それにしても美術の教師というのは得な役回りではある)だが、ルサンチマンの塊なのがちょっとあれだ)の投げやりな課題に没頭し、教師と、一人の生徒に衝撃を与える。衝撃を受けた生徒(グリフィスというどこかできいたことがある名前の持ち主で、名前のおかげで、この物語上のVOIDたち、つまりスクールカーストの最頂点に対して主人公を売ってしまう役回りを演じるはめになる。とベルクルスねたにしているが、あまり嘘ではない)は大の親友となる。

この、不思議だが十分に実感がこもったハイスクールライフと並行して、解錠師としてクールに仕事をこなす17〜18歳の放浪生活(ポケベルに呼ばれて仕事をしに出かける)が描かれる。東海岸でのチンピラとの危険な仕事の後、西海岸はハリウッドでやたらとクールな4人組との仕事に入る。この4人組がどえらくいかしていて、アジトの描写からしてハリウッド映画にうってつけだ。ボスは超高級ワイン商を営む美青年、その恋人のラテン系美女、肉体派の顔に傷がある筋肉トレーニングを欠かさないしかしスリムなオオカミっぽい彫り物師、そして異様に暗い個性的な美貌の女性の4人組だ。そこの会話で、主人公の少年が実はぴかぴかの美少年であることが明らかになる。5人のいかした仲間達はクールな盗人稼業に邁進する。が、どこかに落とし穴がなければ、監獄にいる現在は無いはずだ。どうなるんだ?

一方、高校生活はスクールカーストの最底辺から、抜群の画のうまさという点からとりあえず独自のスタンスを確立するのだが、当然(ただしイケメンだから)もてる。もてるが、声を発さないくらいにいろいろ難儀な性格が変わるわけはない。そして、ついに蝕がやってくる。

で、いろいろあって、隣町の高校のゴス系美少女と相思相愛となり、激しく愛し合うことになる。相手の美少女は母親の自殺と父親の不安定な職業といった家庭の事情から相当に陰影がある性格で、しかもこれも画を描く。画を通じた交流で、途中、退場することになるチョンマゲ男がなかなか魅せる。が、何かがあるから、ほぼ同じ年齢で解錠師として放浪生活をすることになるわけだが、何が起きるんだ?

と、だらだらと粗筋を書いてみたが、この話ははっきり言ってしまえば、はなにつきすぎる。

翻訳を含めて、文章はテンポ、構成、情景描写、すべてにおいて洗練されている。

3つの時間軸を並行させる組み立て方もうまい。これによって物語のメリとハリが持続しまくる。

登場人物は上の粗筋に示した通りに、ばかげてハリウッド的なステレオタイプだが、まったく自然きわまりない。

主人公は繊細で内気な美少年。相思相愛の恋人は繊細で内気で陰影がある美少女。主軸の犯罪仲間はやたらとクールな4人組(それぞれ性格が異なる)。

解錠師のマスター(技を伝授して自分は引退する)は、絵に描いたような古道具屋に身を隠しているスキルフルな老人(庭に練習用金庫でストーンヘンジを作ってある)。

ロバートミッチャムを意識しているギャングたち(クルーザーでの航海つき)。

反吐が出るほどエンターテインメントで、しかも映画の脚本ではなく小説だ。特に、主人公と恋人の造形が、あまりにも「小説を読む少年少女」を意識したものになっていて、作家の作家性と人間性の卑しさにうんざりする。うんざりするのだが、物語のテンポとストーリーテリングの巧妙さ、結局、秘孔を突く術は見事なものだ。これは最高のYAジャンルだ。

というわけで、こういった商売人に乗せられてそれなりに心を打ち震わせてしまった自分にうんざりしないでもないが、文句なく良質な少年少女小説(大人でも楽しめる)だった。

解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)(スティーヴ・ハミルトン/越前敏弥)

職業倫理的にもお勧めしたい。技術者ってのはかくあるべきだなぁ。

併せて観たいベルセルク。

剣風伝奇ベルセルクBD-BOX [Blu-ray]

併せて聴きたい僕の好きな先生。

BEST OF THE RC SUCCESSION1970~1980(RCサクセション)


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