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日々の破片

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2014-08-30

_ ワン・ツー・スリー、おれたちは結構違う

twitterを眺めていたら、こんなやり取りをしているのを見かけた。

(良くTwitterの引用って画像でやっているのを見るけど、それってなんかツールがあるのか? 探すの面倒だから逆に面倒だが多分今回オンリーなので手作業でタグ打ちだ)

えっ、もしかして普通の人は文章の声って聞こえないの?

@nalsh

@nalsh どっちかっていうと映像的記憶

@unak

@nalsh 映像化された作品の場合は聞こえるような感じもするようなしないようなって具合ですが、そうじゃない奴はたいてい聞こえません。世の中の多数派がどうなのかは知りませんが。看板や広告でも聞こえる(→ https://twitter.com/uranoia76/status/504987331003043840 … ) んですか?

@n_soda

@n_soda 要するに音声化してから認識しているので、声自体はあります。が、看板レベルだとニュートラルなので気にはなりませんね。標準から外れた口調であればあるほど、特徴のある声色になります

@nalsh

@nalsh へー、どれくらいの人がそうなんでしょう。僕は看板や広告で声が聞こえることは全くないです。

n_soda

おれはどうだろうとか考えているうちに、あれ、この議論はどこかで見たなと思い出した(実際は結構違ったんだけど)。

ファインマンの『困ります、ファインマンさん』で読んだんだ。

困ります、ファインマンさん (岩波現代文庫)(R.P. ファインマン/Richard P. Feynman/大貫 昌子)

困りますは、ファインマンの著作の中では一番雑多な内容だと思うが(というのは、おそらく遺稿集みたいな感じでまとめることになったからだろうけど)、その分、内容は多岐にわたっていて興味深い。その他のファインマンを読んだわけでは無いから、これが一番ということは無理だが、それでもファインマンを読んだことがなければ、読む価値はとてもある古典的な読み物(エッセイ集)だ。

最初の奥さんとの悲痛な(でもユーモアを忘れない)思い出話(そのタイトルは『ひとがどう思おうとかまわない!』)から、両親から受けた家庭内教育(母親については最後に3行、でも教わったのは重要なことだ)――教育といっても日々の生活の中での会話から生まれること――について、最後はおそらく最も興味深い内容のスペースシャトルの爆発事故の原因究明委員会での闘争の記録、そういった内容だ。

通底しているのは、考えること、頭を使うこと、それがすごくおもしろいということだ。

その中の『ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー』に、上のやり取りに良く似た内容が書かれていたのだった(でも、読み返したら、良く似ているけどちょっと違う)。

似ているのはこういうことだ。人はそれぞれ独自の手法で思考する。

少年時代、ファインマンは思考とは自分へ向けた言葉であると考える。それを友人に言うと車のクランク・シャフトを自分に対して説明してみろと言われる。なるほど視覚要素もあるとわかった。

そのうちたまたま読んだ妙な本から、時間意識に目覚める。実験から得た時間意識は脳内の鉄の化学反応だという書物を目にしたからだ。

いろいろためして大体60数えるのに48秒要するということがわかる。鼓動に呼応しているかどうか階段を駈けて心拍数を上げて試したりしていると、(大学院の寮でやっていたために)他の学生の興味を惹くことになる。

しばらくして、仲間に実験結果を解説することになる。

たとえば読書をしながら数を数えることを並行にできる。しかし喋りながら数を数えることはできない。

すると、1人が手を挙げた。それはおかしい。喋りながら数を数えるのは容易だが読書しながらなんてできるわけがない。

かくして実証実験をすることになった。

ファインマンは渡された未読の本を読みながら60数えたところで切り上げる。48秒だ。次に読んだ内容を話す。

うひょーと疑義を挟んだやつが驚く。

次にそいつの番だ。あらかじめそいつの60を数えるために必要な時間を計測する。次にそいつはメリーさんの羊がどうしたというような即興の話を始め、60数えたところでやめる。なるほど、そいつが60数えたのは確実な時間経過で、しかも確かに喋っていた。

そこでなぜかを話し合って、ついに理由を発見する。

ファインマンは数を頭の中でワン、ツー、スリーと声に出さない声で数え上げている。そのため声は既に使われているので喋れない。

一方、相手(トゥキー)は数が書かれた見えない紙テープが目の前で進んでいるのを眺めている。そのため視覚は既に使われているので本は読めない。

この実験のおかげで、ファインマン(とトゥキーとそこに居合わせた連中)は、数を数えるという当たり前の思考ですら、人によって異なる方法を採用しているということを知る。なんてこった。

というわけで文字を読むなんて当たり前のことでもunakは文字通り字を眺めていて、nalshはそれが読み上げられているのを聞いている(実証実験はしていないけどまあいいじゃん)。

おれは視覚だけど、多分、視覚的な濃淡ある塊単位に分類して読んでいる。したがって漢字が少ないいわゆる開いた文章はすごく読みにくい。漢語が多ければ多いほど読みやすい。(それで、最近の平仮名がやたらと多い本やブログとかはすさまじく読むのに時間がかかるし、見た目が醜く感じる=醜いから読みにくいという洒落ではないけど、からすごく嫌い)

おもしろいなぁ。

#60%の人類はプログラムが書けないというような話も、おそらく60%の人と40%の人は異なる方法でプログラムを思考しているってことだろうね。

本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]
_ きしだ (2014-08-30 04:49)

Twitterの引用を画像でやるというのは、埋め込みツイートのことですかねー<br>https://dev.twitter.com/ja/docs/embedded-tweets<br><br>試しに、数を数えながらこのエントリを読んだんですけどそれは可能。けど、声をだしてこのエントリを読むと、数を数えることはできませんでした。ファインマンタイプだったようです。

_ arton (2014-08-30 08:04)

いや、読み上げは視覚を塞ぐから(トゥキーのタイプかどうかの判定するなら)、カウント時は単に喋るだけじゃなきゃだめじゃん。仮想的なチックを聞くことで数を数える人(仮想聴覚を使う)なら読みながら発声しながら数えられるのかも。<br>それはそれとしてリンク先ありがとうございます。多分、僕が考えてたのはそれみたいですね。

_ きしだ (2014-08-30 15:55)

あー、読み上げちゃダメなんですね。しゃべりながらカウントしようとすると、たしかに「あと5分」みたいな感じの数字札を思い浮かべながらになるんですけど、目がうつろになるし、続きを考えるためにしゃべるのが止まるとカウントアップも止まりましたw

_ ただただし (2014-09-02 17:18)

Twitterのアレ、tDiaryだとcontribにあるtweet_quoteプラグインです。

_ arton (2014-09-02 22:56)

おおどうも。使いたくなったら入れてみます。


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