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日々の破片

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2008-06-08

_ コロッサスユース(追記:コロッサルをなんか書き間違えている)

ペドロコスタのコロッサスユースを観に、イメージフォーラム。

世の中には、真に才能を持つ人間が存在するという事実に、打ちのめされると同時に、深く楽しむ。

映画館も気を利かせて、始まるまでの幕間の音楽はヤングマーブルジャイアンツ。

Colossal Youth (Dlx)(Young Marble Giants)

例によって大して好きでもない、オルガンのペナペナとリズムボックスのドンカマ音とへたな歌。でもまあ、一種のドアーズと言えなくもないかなぁとか一瞬感じたりした。なんで、コロッサルユース(どでかな若さ?)と不思議に思っていたのだが、どうも、ペドロコスタ自身が、YMGを意識して英語タイトルを付けたらしい(オリジナルとフランス題は、前進する若さみたいな感じ)。

薄暗い画面奥に半ば壊れた外壁の建物。代官山の同潤会アパートをちょっと思わせる。ディープフォーカス。いきなり窓からでっかな家具が落ちる。それまでの静寂が破れる。次々に家具が落ちる。強烈な破壊音。いやな音だ。

黒人女性。手にナイフ。海で泳ぐ話を話す。鮫がいると男たちに言われる。いつまでも泳いでいたい。岩の上に置いた子供を心配する。探している。岩から落ちそうになる。

まくしたてて去る。

すべての構図とすべての光と影、すべての衣装、すべてのセリフが完璧に構築された2時間30分。バンダの部屋にはまだ残っていた退屈する一瞬が完全に無くなっている(もっとも、観客つまりおれの体調や精神状態にも依存する)。

撮影は、一部を除き、すべて大して広くない部屋の中。

スラムからの立ち退き先の中層アパートの白い部屋。美術館。バンダのダブルベッド、妹の薄暗い部屋、レントのテーブル、名前忘れた末息子と食事する食堂のテーブル。ほとんどのシーンでの独白は腰のあたりから仰角による撮影。遠近感を強調するために、台形の映像。異様な映画だ。明るいか、暗いかのどちらか。清潔か汚いかのどちらか。惨めか神々しいかのどちらか。

それに対して、美術館の庭、最後に一瞬出る川。中層アパートの中庭でヴァンダを呼ぶシーンではあえて近寄っているため、広さはまったく感じさせない。

現在の服である白いワイシャツと黒いスーツ。ぴかぴかのワイシャツなのだが、それは行く場所によって異なる。美術館や、鍵を持った市の職員とのシーンではシミだらけの不潔なおっさんだが、ヴァンダや(名前忘れたが足の異常を抱えた物乞い)と一緒のシーンでは未来のように光る。

レントと一緒のときの作業員風の服。頭の包帯。包帯が巻かれるのは、美術館の警備人に、美術館の工事中に落下したことが語られた後となる。

完全な映画で示されているのは、ある移民の物語のメタデータだけだ。

たとえば、奥さんに刺し殺された亡霊の家族巡りの物語と読むことすら可能だ。過去と未来、あったこととなかったこと、ありそうなことが、ごちゃまぜに語られる。レントに教え込む手紙の文句はどんどん長く変容していく。

ヴァンダの部屋 [DVD]

バンダの部屋の不健康だがぞっとする美しさを見せる女性と、同じ女性とは思えない、年月。煙草と咳とたえまないお喋りだけが共通。ヘロイン中毒は治療中だとわかる。出産の話。治療薬が盗難されてからは、余分に配布されるようになったこと。

存在しない子供のために一番広い部屋を手に入れる。しかし家具を失ったので床で寝ている。市の職員の電気、ガス、家賃に関する冷たい宣告。最初の部屋での壁についた汚れを拭うシーン。すべてが的確。

どうして、ペドロコスタは特別なのだろうか? ペドロコスタと比較するとゴダールでさえ夾雑物が多すぎて退屈だ。

おそらく、映画とは何かについて、さらに深化させることに成功したからだろう。時代が後になるほうが、高速道路が延びているというだけのことかも知れない。しかし、それだけではない。というのは、これだけの映画は、他にはデプレシャンくらいしか考えつかないからだ(でも、まだまだ物語で楽しませてくれる)。

物語をいっさい語らずに、純粋にその物語のメタデータ(たとえば会話、たとえば独白、たとえば動き、たとえば光、たとえば影、たとえば場所、たとえば建物、たとえば音響)だけを呈示するというのは、どう考えても難しそうだ。それだけのロケーションと役者(しかも役者ではない)がいれば、物語を語りたくなるのではないだろうか。でも、それがない。すべてがばらばらで、それをつなげるのは、観客の作業となる。完全な素材が提供されているのだ。それがおもしろくないわけがない。

だからおもしろいのだな。

だから、おれはペドロ・コスタを特別に特別な映画作家だと感じるらしい。

コロッサル・ユース [DVD]

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_ 対比についてシーンを反芻

コロッサルユースの中で、思い出してみると、暗いのはほとんどが過去で、明るいのはほとんどが現在であった。夜のシーンで始まる。

暗い過去では、故郷に残る妻へのラブレター、独立を祝う(たぶん)革命歌のレコードと歌。高揚感と針飛び。怪我をしてから変調するラブレターの文言。シルク。本来であれば若いのだが、同じ人間が演じているので少しも若くない。そこにおそらく、タイトルのユースがある。

しかし、直接床に寝ていて物乞いに起こされるシーンは現在だが、暗かった。末娘の部屋のシーンも暗い。しかし窓は光る。ヴァンダの部屋は明るい。美術館は白い。末息子(たぶん)と食事をするレストランは明るかったような記憶がある。食事を取らずに喋る。刺された手を見せる。

しかし、2軒目のアパートの入り口で待っているシーンは明るくない。部屋は明るい。1軒目で会ったときより、役人は力強くなり、主人公は薄汚れている。

物乞いが入院している病室。窓は光る。手前に女が椅子に腰かけていて、その手前のベッド。その手前に主人公。女は喋らず、ただ居るだけ。

最後のヴァンダの部屋。窓は光る。ダブルベッドに寝そべる。手前の隙間に子供。顔だけがベッドより少し高い位置。左(テレビの方向)を向いている。何か口に出している。

突然暗くなっておしまい。


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