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日々の破片

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2015-05-17

_ グエルチーノを西洋美術館で見る

子供と上野に行ってグエルチーノを見る。誰だそれ? と聞いたら向うも知らないらしい。混んでるのかな? と聞いたら、有名じゃないから空いてるんじゃないかという。

で、行ってみたら、それなりに人は入ってはいるが、それでも美術館で美術を見られる程度に余裕の空き方だった。

で、チェントだのボローニャだの書いてはあるが、どういう文脈でこんな聞いたこともないやつの展覧会をしているのだろうと思って、冒頭のあいさつ文とか読んだら、自分の不明を知るばかりであった。

2012年にチェントで大地震があって、郷土の誇りのグエルチーノ(ここまで読んで、単なる田舎画家かと思ったが、それもあとで覆されることになる)の美術館が半壊して復旧の目処が立たないので、各地を巡業しているのだそうだ。西洋美術館にはゴリアテの首を持つダビデを所蔵している関係からも当然のようにグエルチーノ展を開催するということだった。同じ地震国で美術の保存が難しい国同士、交流しましょうみたいな言葉も書いてある。

3つおもしろい点があった。

まず、構図のうまさで、そこら中に三角形がある。特に見事な三角形(を作るためにちょっとキリストが傾いている)復活後のイエスとマグダラのマリアの画を、隣の部屋の壁に開けられた窓から最初見て全体の三角形の美しさにほおなかなかの画だなと思って近寄ると、イエスの傷が実に上品だったりするのだが、ベラスケスが見に来て影響を受けたらしいとか書いてあって、えーベラスケスの三角形に影響を与えた人なのかと驚く。確かに色彩の強弱と構図の巧みさは見事なのだが、それを確立した側の画家だったのだ。

次に作風の変化として、だんだん、巫女さんやクレオパトラとか女性が一人でいる画が増えていくのだが(ということは、そういう画の注文が多いということなのだろうけど)、すべてがすべて斜め上を見ている。それが余りに妙なので、過去の作品に戻って見直すと、斜め上に木枠のもの(文書なのか鏡なのか)や、幼子イエスや、天使がいるのが、そのまま単体作品にも利用されているのだ。この構図でしか書けないのか? と思うと別にそういうわけでもないので、写実的な絵画を壁にかける人が、目線を合わさなくても済むようにしているとしか考えられず、それがおもしろかった。レーニという当時のライバルの作品も展示されていたが、こちらの女性も斜め上を見ていた。

最後に、几帳面な弟が注文と売掛回収簿みたいなものをつけた(弟が死んだ後は本人がつけたらしい)が残っていて、それの分析結果が書いてあるのだが、サイズと中に書かれた人間の人数と頭、胸から上、全身といった構成要素によって価格が決められているということと、20から40歳までどんどん価格が上がっているのが、40後半から価格が下落している(若手の台頭に対応するためというような説明があるが、おそらくカストロ戦争などの影響で支払い側の懐事情もあるような気がする)ということ。システマティックな価格付けや、年齢による価格下落というのがおもしろい。最初のほうにも、価格を値切られたらしく脇役の2人は弟子が書いたという説明付きの画があったりして、今となっては芸術だが、当時は完全に産業なのだということがわかっておもしろい。弟子の書いた2人の脇役のうち1人は手に聖痕があるので聖フランチェスコだと思うのだが(というのはその直前の画の説明で、聖痕があるので聖フランチェスコとわかると書いてある)そちらは単に弟子がふざけて書いただけでフランチェスコとは認められていないのかな? とか不思議に思った。

聖フランチェスコの聖痕だけでなく、いろいろお約束があって、鍵を持っていればペテロ、車輪があれば聖女カタリナ、ラクダの毛皮(というか茶色い毛皮で十分なのだろう)をまとっていれば預言者ヨハネ、白い鳥は聖霊(左にイエス、中央に白い鳥、右に父なる神という三位一体の画があるのだが、右が単なる爺さんにしか見えず相当不思議な感じがしたのだが、このあとも神を描いた画はどうにも良くない)、なかなかおもしろい。ビジネスなので記号を利用することで生産効率を上げているのだなと考えると、カトリックのイタリア(でもこの頃はガリバルディより前だからイタリアという国家意識はかけらも無いと思う。南はスペイン領で教皇領がどーんとあって、ボローニャやらヴェネツィアやらマントヴァやらの公国に分断されているからだ)の17世紀(江戸幕府の成立ごろの時代を生きた人だ)の合理性というのが良くわかっておもしろい(ガリレオの裁判と同時代の人なのだ)。

ちょこちょこ画の脇に書いてあるエピソードもおもしろいものがあって、ある画は、注文と異なるサイズで書いてしまったため、受け渡し日の前日に気付いて1晩で仕上げた。そのため、自由な筆致であるとか書いてあってそんなに早く書けるものなのかとか。また、当時は良い画を描くと、そのコピーを欲しがる人がいるので、元の注文主の許可を得て、引渡し前に弟子にコピーを作らせるのだが、偉い人にコピーを所望された場合は自分で描いたとか。靴屋は靴を作り書記官は筆写し画家は描くだなぁ。

と、知らないことばかりで実に楽しめた。

・若い頃の2つの作品は顔料に何かを混ぜていないので透明化して木目が出たというのと、修正前の足が出たというのがあって、若い頃は技術的に未熟だったのかなぁとか。

・奇跡を授けている像の左側に暗く祈る像があるのはそういう効果だと説明しているけど、これも透明になって祈っている像が出てきてしまっただけじゃないのかとか。

・ルクレティアの画を描いてくれと頼まれて描くと、血が出ていて気持ち悪いから修正してくれと頼まれて修正した(当時は血なまぐさいのを好まない客が多い)というのがあったが一体なぜそもそもルクレティアを注文したのかとか。

・セバスチャンって矢に射られて殉教したと思っていたら、この時代では矢は急所を外れて助かったことになっていて、癒されている画が多数作成されたとか描いてあっておもしろいなぁとか。

・グレゴリウス15世は在位2年で死んだから、まるで皇帝ティートのように悪い噂が無いのかなぁとか(グエルチーノは一緒にローマへ行っている)

・カストロ戦争の難を避けるためにボローニャからチェントへ戻ったというようなことが年譜にあったが、カストロ戦争ってなんだろう? (検索しても、キューバのカストロばっかり引っかかる)

・それまで単に普通の画を天井に設置していたのを天井画として描いた嚆矢らしいが(という説明がある)、天井画はないので良くわからない。ただ、妙に下から見上げた視点で描いた聖母昇天があって、構図無双だなとは思った。


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