トップ 追記

日々の破片

Subscribe with livedoor Reader
著作一覧

2014-09-10

_ メトのイーゴリ公

東劇でメトロポリタンオペラのイーゴリ公

指揮はノセダ。歌手はロシア人で固めている。

プロローグはすごくおもしろい。イーゴリ公は軍団を集めてポロヴィッツ人との戦争へ行こうとしている。それは戦場に身を置くことで自分を確認したいからだ(というような字幕で最初に説明する)。

12世紀の叙事詩だが、演出では20世紀以降の軍隊となっている。

日食が起き、凶兆として人々は進軍を止める。だがイーゴリ公はもっともらしい演説をする。このとき、一人の男が外から入ってきて何かを言おうとするのだが警備兵に押し止められ追い出される。歌がないので良くわからないのだが、1幕で出てくる斥候と同じ人ではないかな? 太陽が再び顔を出し出発する。イーゴリ公と一族を讃える歌が良い。

一幕が開く。真っ赤なケシの花畑だ。映像でイーゴリ公の軍団は壊滅したことが示される。ここは音楽が前半はソロが順番に歌われ(イーゴリ公の息子のウラジミールの歌が印象深い)、後半が合唱付きのバレエとなってバランスは非常に悪いが、夢よりも抜群に美しい。ボロディンの才能はすさまじい。中央アジアの平原からや、キスメット(ストレンジャーインパラダイス)の音楽を始め、良く耳にするボロディンの音楽が流れるのだが、それにきれいなコーラスが入って素晴らしい。すべては夢の中のできごとのようだ(という演出のようでもある)。

二幕。故郷の内政を預けた王妃の弟のガリツキー公とその一味は飲んだくれ、若い女性を館へ誘拐して、乱暴狼藉の限りを尽くす。王妃のところへ女性たちが陳情に来る。そこにガリツキーもあらわれ、民会を開けばおれが新しい公だと罵り帰っていく。ガリツキーの歌手は石橋蓮司に似ていて、悪役やる人は悪役の顔なんだなぁとか感じる(メトではスパラフチーレやフンディングを歌っている)。

ついにポロヴィッツが攻めて来るという情報が来て、王妃のもとに貴族たちが集まる。公、神、祖国への忠誠の歌(内容は好みではないが音楽は素晴らしい)を歌い、王妃が感激し、城(というのは街でもあるわけだが)を守ろうとしていると親衛隊を引き連れたガリツキーが乗り込んできておれが新しい公だと宣言しようとする。そこへ投石機による攻撃が始まる。まるでナブッコのようにいきなりガリツキーを直撃してガリツキーは舞台から退場する。幕。

二幕は緊迫感と、ユーモア(ガリツキーの館の無頼漢の響宴)あり、愛国讃歌ありと、歌が次々とすばらしい。

三幕。街は荒廃していてほぼ廃墟。廃墟の中で雨漏りの水を手に受けながら王妃が歌を歌う。美しい曲。イーゴリ公はウラジミールと汗の娘を置いて逃げ出し廃墟に佇む。街の人はイーゴリ公を発見し、歓喜する。イーゴリ公は、敗北した自分だから語れるのだ、今こそキエフの王のもと、各公は一丸となってポロヴィッツ人を殲滅せよ、と演説する(この歌も見事だ)。しかしイーゴリ公は軍団を全滅させた自責の念から逃れられない。手ずから(棺桶にしか見えないけど)板を片付け始める。人々も瓦礫を片付け始める。

20世紀の人物達として造形したのは廃墟がまさに廃墟(ベイルートでもガザでも1944年の東京でも見られる光景だ)として表現できるからかも知れない。この幕は演出が特に素晴らしい(その代わり物語の進行に邪魔になる有名な曲が使われるシーンを相当切り捨てたらしい)。

・ウィットフォーゲル曰くのアジアだなぁと見ていて(特に2幕の貴族たちの忠誠、3幕の民衆)うんざりする。どうして家父(公国という国の家父)へここまで無批判に忠誠を誓えるのだろうか?(ガリツキーとその親衛隊がよほど人間的だ)。

・ロシア、ロシアと言っても、王様はキエフなんだな(12世紀)。ということは、トルコの連中に北上されてどんどん北へ移動し、ついにどんづまりのモスクワでイワン雷帝が開き直って南進したというのが歴史なのかな。

・項羽ですら、故郷の若者を死に追いやった。どこに父祖に合わせる顔があろうやと烏江で自刎したわけだが、ロシア正教といってもキリスト教だから自殺はできないのだなぁとか苦悩しまくる姿を見て、同じアジアといっても宗教の違いはでかいなとか考える。

と、中央アジアの歴史も興味深いが、なんといってもボロディンの音楽は素晴らしい。(歌手も合唱も舞台も演出も指揮も良いが、素材の良さはまた別だ)

幕の構成がメトと同じだったのでキーロフのやつを購入して聴きまくる。

Borodin: Prince Igor(St. Petersburg and Galina Gorchakova and Gegam Grigorian and Mikhail Kit and Orchestra of the Kirov Opera, St. Petersburg and Valery Gergiev Chorus of the Kirov Opera)


2014-09-07

_ スズメとネズミとホットケーキ

昨日神保町でロシア料理を食い終わって茶を飲んでいると、妻が壁のところに太陽を囲んで小動物が楽しそうにしている絵本が置いてあるのに気付いた。

で、読んだ。なかなか味わいがある。

スズメと子ネズミとホットケーキ ロシアのむかしむかし(イリーナ・カルナウーホヴァ/アナトーリー・ネムチーノフ/斎藤 君子)

まず太陽だと思ったのがホットケーキだというのには驚いた(後になって妻が言うには、ロシアのブリヌイというパンじゃなかろうかということで、おそらくそうなんだろう)。

森の中に小さな家があった。

そこには、畑を追い出されたスズメと、猫から逃げて来たネズミと、フライパンから逃げ出したホットケーキが仲良く暮らしていた。

スズメは朝起きると畑に行って麦粒やら野菜やらを集めて家に持ち帰る。

ネズミはいっしょうけんめい木を齧って薪を作る。

そうやって用意ができたところでホットケーキがシチューを作る。

そして晩御飯だ。

晩御飯になるとお互いに自慢をしながらシチューを食べる。

「それにしてもおいしいよなー」とネズミ。

「そりゃそうだ。おいらのお腹につまったバターたっぷり溶け込んでいるからな! 出来上がりにおいらが鍋の中をひと泳ぎ! これで最高のシチューの出来上がりってわけさ」とホットケーキ。

「おれが集めた材料が良いってことを忘れんなよ」とスズメ。

そうやって仲良く暮らしていた。

ところがある日、スズメがふと考えた。

おれは朝から晩まで材料集めに飛び回っている。ところがネズミは午前中の間に薪を作ると午後はずーっと昼寝だ。ホットケーキにいたってはシチューを作るだけでいつもベタベタしているだけじゃないか。なんてこった。不公平だ。不平等だ。

かくしてその日の晩御飯は職種転換会議になった。

ネズミはホットケーキの代わりにシチューの担当、ホットケーキはスズメの代わりに材料集め、スズメはネズミの代わりに薪割りだ。

さて次の日、ホットケーキが材料を探して森の中をうろうろしていると向うからキツネがやってきた。

やあ、良い匂いがするキミィ、キミ、このへんじゃ見かけない顔だけど食べられるのかなコン?

もちろんさ! おいらのお腹にはバターがたっぷりつまっていて、最高のシチューが作れるんだぜ。おいらほど美味しいものは他にいるもんかい!

誇り高きホットケーキは良い匂いと言われてすっかり嬉しくなって胸を張った。

その瞬間、キツネはいただきます! と飛び上がると張った胸の脇をガブリと噛み千切った。

いたたたたたたたた! ホットケーキは泣きながら家に向かって死ぬよりも速く逃げ出した。

おーい、本当においしいコン! また来てくれコン!

その頃、ネズミはシチューを作る練習をしていた。鍋にお湯を沸かして、となめてみて、全然おいしくないよなぁ…… なんでだろう?

そうだ、ホットケーキは仕上げに飛び込むとか言ってたな。よし飛び込んでみよう。

ジャボーン、あちちちちちち、煮えたぎる熱湯に飛び込んだネズミはあっというまに全部の毛が抜け落ちてしまった。これまた泣きながらソファに倒れ込んでぴくとも動けずしくしく泣くばかり。

一方、スズメは薪の山を前に途方に暮れていた。おれの手では斧は持てないし、そういえばネズミは齧るとか言ってたな。では、ちょっとおれの鋭い嘴で一突きだ。メシリ! 固い薪に思いっきり嘴を突きたてのが運の尽き、スズメの嘴は根本からポッキリ折れてしまった。痛いよ痛いよ、スズメも泣きながら家に飛んで帰る。

かくしてその夜はいつもの楽しい夕餉の代わりに、真っ赤に腫れ上がったネズミと、お腹が大きく欠けてしまったホットケーキと、嘴がぽっきり折れたスズメのすすり泣きだけが家の中からは聞こえてきた。みんなごめんよ、おれがくだらないことを言いだしたばかりに、とスズメは平謝り。まあ、しょうがないってことよ、と他の二人。

次の日からは元の役割に戻して、また三人の楽しい暮らしが始まりました、めでたしめでたし。


2014-09-06

_ 執筆に参加したHeroku本が出ます

Dockerが注目されるよりも遥かに前からLXCを利用したPaaSを提供しているHerokuですが、なぜか知っている人は良く知っているのに知らない人はまったく知らない(なのでDockerをHerokuと妙な比較をして持ち上げる記事とかが出てくるんだろうな)という状況に業を煮やした相澤さんが中心となって書き下ろしたHerokuの入門書(プロフェッショナルのための 実践Heroku入門 プラットフォーム・クラウドを活用したアプリケーション開発と運用)がもうすぐ発売になります。

(もっとも達人出版会からはβ版時点から出していました

執筆陣は、もろHerokuの中の人の相澤さんが全体、同じくHerokuの中の人の織田さんがサポート現場の知見をもとに上手に活用する方法、Herokuでアプリケーションを開発/実運用している鳥井さんが実用部分を担当されています(SSLとかPostgreSQLとか外部ストレージとかアドオンとか本番移行あれこれとか)。ただ全員忙しいので、Herokuについての知見は猫程度でも書けそうな部分を少しだけ僕が猫の手として書いています(というかほとんど書いていない)。

プロフェッショナルのための 実践Heroku入門 プラットフォーム・クラウドを活用したアプリケーション開発と運用 (書籍)(相澤歩/arton/鳥井雪/織田敬子)

ふと思い出すと、20世紀には、Webで遊ぼうと思っても静的HTMLをホストする無料サーバー(geoとかtriとか)はあっても動的なWebを使うのはとてもハードル(そこにはお金も含むけどお金を取っても静的なWebだけというのもあったような)が高かった。でも、今はHerokuのようなサービスを利用すると各種プログラミング言語を利用した動的なWebを、試しに無料で公開することすら出来るんだよなぁと時代の変化っぷりに驚いてしまう。


2014-09-01

_ ふと思い出したサンリオ

たださんの日記を見ているうちに、『サンリオ文庫を買い占めておけば、いまごろ大金持ちですわ(ないない)』というセリフにぶち当たり、思い出したくもない不愉快な言いぐさを思い出した。

ある日のこと、といってももう30年近く前のことだが、神保町をぶらぶらしていて、何気なく古本屋に入って目の玉が飛び出した。

おれが持っているサンリオ文庫のディック短編集4冊組(だと思うんだけど、違うかも)が、8000円だか12000円だかで売っているじゃないか。

待て待て、ここは古本屋で、おれは暗記するほど読んだから(当時。今でも覚えているのはありそうだが、トリガーがないと思いだせない)もう売ってもいいし、仮にこの本屋がマージンを50%取っているとしても5000円くらいになりそうじゃん。よし、売ろう。

ところが、店番のおやじの雰囲気がどうもあまり感じが良くない。悪い予感がしたともいえるが、いきなり家に帰ってサンリオ文庫をがしがし持って来て全部で1000円とか言われる可能性も考慮して(他にもジャリの馬的思考とか、バロウズのノヴァ急行とか、ラーオ博士のサーカスとかいろいろ持ってたが、当時としてもなかなか読めない作品の数々を積極的に翻訳しているのは良いけれどどうも不思議な翻訳が相当あったように思う。ただサキの短編集は創土社のやつよりむしろ良訳だったような記憶がある)、とりあえず聞いてみるかと、「サンリオのディックの~と~と~と(結構たくさん)持ってるけど、いくらくらいで買ってもらえるんですか?」

すると、おやじは一言吐き捨てた。

「文庫は1冊5円(10円だったかも)」(追記:思い出は美化されている可能性があるなぁと思い返す。10冊につき1円とか言われたような気がしてきたぞ)

「ええ?」

あまりの落差に驚いて聞き返すと、死ぬほど面倒くさそうな顔をして、

「文庫は文庫だJK(みたいな言い方)、へんへん」

と、鼻息ふんふんものでさらに吐き捨てられた。

というわけで、二度と来るかと後にしたのだった。

まあ在庫リスクがあるところまでは認めるにしても、その店は割とSFが多めだったから、文庫は文庫だみたいな言い方を思いっきり不愉快にするとは思わなかったので、魂消た。扱うジャンルのファンを大事にしない本屋は見たことがない。で、なぜか店の名前が平井なんとかだったのは記憶してしまった。

それから数年、唐沢兄弟のマンガを読んでいたらSF作家の親類がやっている悪名高きH書店というセリフが出てきて、ああああああ、あれか! とえらく納得して、それからしばらくの間は唐沢兄弟の言い分をわりと信用していた時期もあった。

それからさらに数年して、そのあたりを通ったときに、もしかしてディックが売れ残っているんじゃないかと興味しんしんで見てみたら店ごとなくなっていた。

アジャストメント―ディック短篇傑作選 (ハヤカワ文庫 SF テ 1-20)(フィリップ・K・ディック/大森望/浅倉久志)

(ディックについては以前の翻訳も悪いものではなかったと思うが、今のほうがきっと良い訳なのだろうなぁ)


2014-08-31

_ Mozillaはプラットフォームに敬意を払っている

やはりWindowsでも動かしたいよなぁとFireRubyをいじっていていろいろ戸惑う。

OSXと異なり、firefox-binがない。

でも、C:\Program Files (x86)\Mozilla Firefoxをつらつら眺めると、XULなどの構成には特に違いもない。さらに見ると、firefox.exeが妙に小さい。

それにしても、空白入りディレクトリに、自分のディレクトリまで空白を入れるところに感心した。いきなりC:\のルートにインストールしろとかたわけたことを平然と書いているカスは見習うべきだろう。

それはそれとして、ということは本体をDLLとして、exeは単なるローダーに過ぎないのだろう。

つまり-binは不要な可能性が高い。

そこで、firefox -app ... のように試してみたらエラーになる(後に、この時点で引数をうまく作れていないことに気付いたが、そこは本質ではない)。

そこでfirefox /app ... のように試したらうまく行くではないか(この時点で引数も正しく作れてしまっていたのだけど)。

なんと、良くあるPOSIX脳と違って、ちゃんとDOSコマンドラインの流儀に従っているのか! と感心した。

(その後、ディレクトリセパレータが/ではなく\にする必要があるとかいろいろDOS流儀に忠実なためにこちらが音を上げることになるのだが、それは別の物語)

かくあるべきかくあるべしな優れたソフトウェアだな、と認識を新たにした。

_ 統合監視ソフトウェアMIRACLE ZBX/Zabbixシステム管理

アスキーの鈴木さんから『統合監視ソフトウェアMIRACLE ZBX/Zabbixシステム管理』を頂いたが、さすがにこれはないだろうと、眺めながら思う。

統合監視ソフトウェアMIRACLE ZBX/Zabbixシステム管理 (アスキー書籍)(株式会社システム・テクノロジー・アイ 武見弘之)

どう考えても、おれには不要だし、読まねぇよな(タイトル通り、ミラクル・リナックスが提供している統合監視ソフトウェアZBXの解説書なのだ)。

とは言いながら表紙のラックの写真がかっこいいので何気なくパラパラ中を見たらなかなか面白い。

つまり、この本は(当たり前だが)統合監視ソフトウェアの製品のユーザーインターフェイスについて、実際のスクリーンキャプチャ、監視するべき(なので監視する)状態の説明図(たとえば図5-30 SNMPトラップの有用性)、想定される障害などについて説明してある。

ということは想定できる障害とその検知(もちろんユーザーインターフェイスの説明書なので具体的な検知方法が書いてあるわけではないから、そこは想像しながら読むわけなのだが)、検知後の通知、監視ユーザーインターフェイスといった、ソフトウェアシステムのアーキテクチャ(非機能要件)を考えるためのネタがゴロゴロしているのだった。

ZBXの説明書ではあるけれど、システムの統合監視ということについて考えたり設計したりするための参考書として、相当良いものだった。


2003|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|

ジェズイットを見習え